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パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
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生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

ハウラ:母であり働く女性であり

「ガリラヤのシンディアナ」のサイト記事 2012年10月
今泉千尋 著

原文

ハウラさんのお宅への初めての訪問は全く偶然によるものでした。私は、ガリラヤのシンディアナでインターンシップをするために日本からイスラエルにきてからずっと、アラブ料理に魅了されています。そして料理方法を学びたいと思っていました。ハウラさんは私の最初のアラブ料理の先生になりました(訳註)。

私には手仕事の技術はありませんが、イスラエルのガリラヤ地方にあるコフル・マンダというアラブの村にあるシンディアナのビジターセンターで、女性たちと楽しい時を過ごしています。彼女らはとても友好的で、一緒にいることが愉快であるだけでなく、シンディアナで「働くこと」を心から楽しんでいます。彼女たちはセンターに強制的に来させられているのではなく、働くことが楽しいからセンターに来ています。村の女性にとって、外で働くことは一般的ではありません。(イスラエルのアラブ人女性の80%は仕事を持っていません。)

今日の日本では、35歳以下の女性が外で働くことは一般的です。働くということがとても自然であるが故に、女性が働く権利について考えたり、感謝したりすることはないように思われます。事実、日本の若い世代は働くことを強いられ、さらに給料や労働環境が悪化しているために仕事にうんざりしていることが多いのです。

ハウラ・アザームさん(53歳)は10人兄弟で9番目の子どもでした。彼女はイスラエルにおいて最も貧しいアラブの村の一つであるコフル・マンダで生まれ育ちました。彼女には3人の息子と5人の娘がおり、既に12人の孫がいます。子どもの頃、彼女は看護師になりたかったそうです。しかしながら学校を辞めなければならず、その夢が叶うことはありませんでした。当時、コフル・マンダ村に学校は一つもなく、彼女の家族の経済状況からも20キロ先にあるナザレの学校に通うことはできませんでした。ハウラさんは19歳で結婚し、その時以来子どもの世話でとても忙しい毎日を送っています。しかし彼女は外で働くという夢を決して諦めていません。

もし看護師になるというハウラさんの子どもの頃の夢が叶うなら、それは彼女にとって最適な仕事になるでしょう。というのも、彼女は正に思いやりのある人柄だからです。私が彼女の家に滞在している間、彼女は私の世話をとてもよくしてくれました。彼女は私に絶えず食事を提供してくれたり、料理を教えてくれたり、私が飽きないようそばにいてくれました。また、彼女はお茶目な一面も見せてくれました。例えば、時折私のカメラを手に取り、彼女が写真を撮るから、私に料理をしているふりをするよう言ってきました。ハウラさんは日本に住む私の母を思い出させます。見た目は似ていないものの、彼女の優しい顔と愛情深い振る舞いから、そばにいるときに母性を感じました。ハウラさんは料理の腕を彼女の母から受け継ぎました。彼女は料理をまるでマジックでも使っているかのように効率的に作り、そしてそれらは全ておいしいのです。料理は彼女にとって芸術だと言います。そして彼女は、常に見た目も味も最高な一品を作ろうとしています。私が彼女の家にいる間、彼女は様々な料理を作ってくれました。彼女は、自分の母がしたように今は娘たちにレシピを伝えています。

私が滞在している間、ハウラさんは家事をし続け、1日中ほとんど休んでいないように見えました。彼女の息子や娘にコフル・マンダ村をあちこち案内してもらい家に帰ったとき、彼女は居間のソファでうたた寝をしていました。娘の一人が毛布を持ってきて彼女にかけ、ハウラさんの後ろから彼女を抱くように一緒に横になりました。ハウラさんが私の帰宅に気づいたとき、彼女は飛び起きました。彼女を起こしていたのは私であったのだと、とても申し訳なく感じました。しかし、シンディアナの彼女の友達の一人が、ゲストの有無に関わらず常によく働き、何としてもゲストをもてなすのはアラブ人女性の習慣であると話してくれました。

2008年、ハウラさんはシンディアナビジターセンターのカゴ編みのワークショップに参加し始めました。「そのワークショップは人生に様々な変化をもたらしたわ」と彼女は話してくれました。なぜなら、当時彼女の子どもたちは既に成長し、彼女は人生の目的を見失ったと感じていたそうです。彼女は、カゴ編みのワークショップを数ヶ月前に始めていたある女性に、シンディアナを紹介されました。ハウラさんは元々手仕事が得意で、小さなアクセサリー作りを楽しんでいたので、カゴ編みの技術はすぐに上達しました。最近では、シンディアナのカゴ編みチームの先生の補佐もしています。彼女は仕事に夢中になり、センターでも家でもカゴを編んでいます。ついに彼女は子どもの頃からの夢である外で働くということを叶えたのです。「私はシンディアナで働くようになってから、からっぽだと感じたことはないわ」といい、「私の人生をカラフルにしてくれたシンディアナにとても感謝しているのよ」と話してくれました。

ハウラさんは、ビジターセンターで見つけた仲間付き合いは、彼女の人生で最も貴重なことだと言います。昔はほとんどの時間を家で過ごし、社会とつながったり、それを意識したりする機会を持ちませんでした。今では、カゴ編みをする中で彼女の気持ちや考えを共有できる、良い友達が大勢います。

ハウラさんがシンディアナで働きはじめた頃、彼女の家族はカゴを売ったお金が家計を助けていたにもかかわらず、ハウラさんに家にいてほしいと思っていたそうです。彼女は、シンディアナで働くことは、みんなにとってもいいことであると説得したそうですが、私は、それは闘いだったのだろうと思っています。今日、家族は彼女のしたいことをサポートしています。彼女の娘の一人もまた、シンディアナのセンターでカゴ編みを学びはじめ、その娘さんの作品がたくさんハウラさんの家に飾られています。

働く女性として、そして母として、ハウラさんは今日、人生を満喫しています。私は、彼女と出会えたことにとても感謝しています。母としても職人としても、プロであることを見せてくれました。私は、人生にはたくさんの選択肢があり、そしてそれを自分のために決定していくことが出来るのだという幸運を、彼女に気づかされました。

訳註:イスラエル国籍のパレスチナ人は一般的に「アラブ」と呼ばれることが多い。

(翻訳:井上祐花)

投稿日:2013年08月07日(水)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=98