4月23日甲府で簡単パレスチナお料理教室

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』50号 町の様子など

『ぜいとぅーん』50号 2013年1月25日発行

町の様子など

 ラマッラーには、事実上、パレスチナ自治政府の首都機能が集まり「発展」してきましたが、建築中のマンションが多く、ますます町が拡大していたのが印象に残りました。友人によれば、ラマッラーはずっと人口が増加中で、毎年、学校を作っているが間に合わないという状況です。「(経済の問題もあるけれど)移住の流れには、都市生活への憧れもあると思う。ラマッラーでアパートを借りて暮らすより、自分の町をよくすれば良いのに」と友人はぶつぶつ言っていました。

 また、ラマッラーやナーブルスなど大きな町では、ハートマークの中に「ガザ」と書かれた看板を多く見かけました。


気候

 パレスチナは狭いながらも気候や風土の変化に富んでいますが、冬の天気はだいたい、東京くらいの感じです。ヨルダン川西岸地区でもガリラヤ地区でも、女性たちが「寒い〜」と言っていましたが、仙台から行った私にとっては穏やかな天気でした。ただ、その後、1月の中旬にはパレスチナも大雪や大雨で大変だったそうです。

 冬はザクロの季節です。街角の生ジューススタンドに、ザクロの実も積まれています。ザクロのジュースは、オレンジやリンゴのジュースよりも少し高くて、大きめのカップ1杯で250円くらい。でも搾り立てのジュースはとっても美味しいです。

 知人宅では、ザクロを乾燥させていました。つぶしてパウダー状にし、飲んだり、シャワーの際に水に混ぜて使うのだそうです。ザクロが美容と健康にいい、というのはパレスチナでも昔から言われてるようです。

 「オリー石けん+ザクロ」「オリーブ石けん+セージ」のご注文もお待ちしています!


交通

 大きな都市間は大型バスで行き(日本の高速バスのようなもの)、町と町はミニバスや乗り合いタクシーで移動します。乗り合いタクシーは決まった道を走りますが、その途中、どこでも乗り降り自由です。

 いま、ほとんどの検問所はノーチェックで、バスや乗り合いタクシーに乗ったまま通過できます。2002年前後のイスラエル軍の大侵攻の頃は、エルサレムからナーブルスに行くのに1日がかりでしたから(『ぜいとぅーん』7号、11号参照)、いま2時間程度で行けるのは隔世の感があります。

 ただ、この検問所はいつでも封鎖できますし、東側の分離壁がほぼ完成しているので、抜け道を通ることももはやできません。コントロールが完成されてしまっただけなのです。

 そして、1週間一歩も外に出られないような外出禁止令の頃を知っているので「ましになった〜」と思ってしまいますが、パレスチナの人々の生活分断する分離壁がおかしいのはもちろん、そもそも、イスラエル軍の検問所があちこちにあるのは異常事態な訳です。

 ヨルダン川西岸地区の中でもヨルダン渓谷地域には、まだ通行が厳しい検問所があります。また、エルサレムに出る検問所では、外国人は、バスに乗ったまま、乗り込んで来るイスラエル兵にパスポートを見せるだけで良いですが、地元パレスチナ人は、いったんバスを降ります。歩いて検問所を通りチェックを受け、またバスに乗るのです。

 ヨルダン川西岸地区には、何十ものユダヤ人入植地があり、約50万人のイスラエル人が住んでいます。ここ数年建築中だった、入植地をつなぐ道路が、すっかり完成していました。いま、パレスチナの乗り合いタクシーのドライバーたちも、この立派な道路を利用して、高速道路のようにばんばんスピードを出して、入植者の車を追い越しながら走っています(イスラエルの車はナンバープレートの色が違うのですぐわかります)。「パレスチナの土地を走っている道路なんだから、パレスチナ人が使っていけないわけはないだろ??」と地元の人は笑って言っていました。ただ、いつまで共用で使っていられるのかわかりません。


ファタハ48周年

 1月1日、バスで移動中に「パン、パン」という音を聞いて、新年の花火かなあと思ったら、銃の空砲でした。ファタハ48周年の祝賀だったのです。街中では、街灯のところに、ファタハのマークが入った黄色い旗がだーっと掲げられていました。

 そして、バスの中ではファタハ特集の特別番組のラジオがけっこうな音量で流されていました。運転手さんがファタハ支持者だったのでしょうか。私のアラビア語能力があやしいので誤解もあるかもしれませんが、ファタハの歴史のこと、故アラファト大統領のことが語られ、ファタハの歌がたくさんかかっていました(私は初めて聴いた曲も多く、こんなにファタハソングがあるんだ〜と思いました)。そして、故アラファト大統領の話をするときには、現在のアッバース大統領の話もくっつけて、でした。

 翌朝、テレビでもファタハの特別番組をやっていました。ラジオもテレビも武装闘争の歴史をしっかり振り返っていた印象でした。

 私が日本に戻ってからの1月4日のことですが、ファタハの記念集会がガザで開かれ20万人が集まった、ということが国際ニュースになりました。2007年以来初めて、ハマース政権がガザでのファタハの大きな集会を公認したということです。1月中旬には、ファタハのアッバース大統領とハマースのメシャアル政治局長がそれぞれ、カイロでエジプトのムルシ大統領と会談、両氏は、ファタハ=ハマース和解協定を実施することに同意したそうです。


給料不払いとストライキ

 2011年11月に国連総会でパレスチナが「オブザーヴァー国家」に格上げされました。その後、イスラエルは、報復措置として、イスラエルが代理徴収している税の引渡しを拒否したため(毎月約1億ドル)、パレスチナ自治政府の財政が悪化しました。このため、自治政府の職員や先生の賃金が遅配・不配となり、ストライキが断続的に起きています。

 このようなことは、今回だけでなく、繰り返し起きています。自治政府ができてからも、なかなかパレスチナの税徴収システムが整わず、また海外からの援助金に頼った財政であることも一因です(占領の問題ではあります)。


シリア情勢と「アラブの春」

 私が幾人かのパレスチナの知人から聞いた意見は否定的なものが多かったですが、様々な意見があると思います。「シリアの内戦は欧米諸国の陰謀。不安定にしておくことが利益なんだ」「アサドは確かに独裁者だ。でもどんな人が出て来てもアサドの方がまし」「アラブの春はどれも変な結果になった。それらのイスラーム政党は本当のムスリムじゃない」、、、。

 よくわからない、と考えることを放棄しがちですが、何が起きているのか注視していきたいと思います。


子どもたち

 最後に個人的な話です。今回は、8歳の息子と一緒にパレスチナを訪問しました。息子は、初めての海外です。今回、私の友人・知人の3家族の子どもたちに出会いました。

 驚いたことに、どのパレスチナの子どもたちも綺麗な英語を話しました。いま、パレスチナでは小学校1年生から英語を勉強するようになり、親の世代よりずっと英語を話せます。小学生のときには泣きながら英語の宿題をやっていた女の子がいま高校生になって「通訳になりたい」と言うので驚いてしまいました。パソコンを通じて親しんだ、と。中古のパソコンが出回っていますし学校でも学ぶので、多くのパレスチナ人がパソコンを使い、フェイスブックをやり、スマートフォンを使っているような状況です。

 ところで、息子が英語もアラビア語も全く話せないので言葉は通じませんが、出会うとすぐに遊びだしました。キャッチボール、サッカー、ゲームをして、兎を追いかけ回し、、、。楽しかったようです。別れ際に寂しくて泣いてしまった子もいました。

 私の息子は、オリーブオイルや石けんを通じて以前から「パレスチナ」という言葉は知っていても、状況を理解しているわけではありません。今回の旅をどう受け止めたのかもよくわかりません。でも「また来たい?」と訊いたら「当たり前じゃん!」と言っていました。

 ところで。一番最後になんですが。アラブのテレビ番組で「銀魂」を放送していて衝撃でした。日本のアニメは以前からよく放送されているのですが、「銀魂」って世界の子どもが楽しめるものなんでしょうか??(幕末を舞台にしたパロディのアニメです)

 

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投稿日:2013年02月20日(水)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=96