9月からオリーブ石けんが新しくなりました。

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』50号 石けん工場/イドナ女性組合訪問

『ぜいとぅーん』50号 2013年1月25日発行

石けん工場

ドリーム・カムズ・トゥルー

 ここ数年「高品質なオリーブ石けん、多種類のオリーブ石けんを完成させた。リーフレットも作った。何もかも整えたが注文がない!」と言っていた石けん工場でしたが、私が行けなかった2年の間に、石けん工場の販売状況は、劇的に変わっていました。

 いまや、ヨーロッパ、オーストラリア、アジア各国(マレーシア、韓国、台湾)と世界各地に販路を広げ、地元のパレスチナ市場でもシェアを増やしていました。「いい石けんを作って世界に売り込む」とずっと言い続けて来たことを実現させたのです。「まさにドリーム・カムズ・トゥルーだね!」と工場主のマジュタバさんに言うと「その途中」と答えながら、「でも、明日何があるかわからない」と付け加えます。

 訪問時は、隣の敷地に新しくもっと大きな石けん工場を建設中で、移転のために1ヶ月ほど石けん製造は休業でした。マジュタバさんや弟のマヘルさんの他に7人の職人さんが働いてきましたが(マジュタバさんとマヘルさんも職人です)、2年前までは注文が少なく、工場は週に3〜4回の操業する、というような状況でした。「新工場では職人さんをもっと雇えるかな??」と尋ねると、「そう願っている」という返事。また、これまでここ働いている女性は事務をしている妹のスハさんだけでしたが、ラボでももう一人働き始めています。

 伝統的に、パレスチナの石けんは、職人さんが、代々子どもたちに専門の技術を伝えて来ました。マジュタバさんの家系はもともと石けんの「切断」の職人さんだったそうです。そして、20歳頃に、お父さんから小さな石けん工場を引き継ぎました。それから約10年、高品質なオリーブ石けんをつくってくれるところを探していた「ガリラヤのシンディアナ」と出会い、周囲に無茶だと言われながら、一番搾りのヴァージンオリーブオイルで作った石けんを完成させました。そして2000年秋。より適した環境で石けん作るため、ナーブルスの郊外に新工場を作りました。しかし、直後に第2次インティファーダが始まり、新工場のある一帯はイスラエル軍による軍事封鎖地域になり、その後5年間、新工場に行くことはできませんでした。

 私は2000年からシンディアナを通して石けんを輸入し始め、マジュタバさんに初めて会ったのは2002年です。道路封鎖や軍事侵攻がひどかった中、行けるところまで乗り合いタクシーで行き、抜け道やオリーブ林を歩き、また別の乗り合いタクシーを拾い、、、と、はるばる会いに行きました。ナーブルスでは外出禁止令中で、マジュタバさんの家から一歩も外に出られませんでした。

 そんな状況の中でも、小さな倉庫を借りて石けんを作り続け、高品質な石けんを求め続けていました。それは、本当に尊敬する姿でした(『ぜいとぅーん』39号参照)。

 だから、いま、マジュタバさんたちが夢を実現させつつあることを、本当に嬉しく思います。妹のスハさんも言っていました。「マジュタバを誇りに思う。兄弟だからではなく、努力をずっと見てきたからです」と。そして、離婚して6年前にナーブルスに戻って来て以来、事務方を一手に引き受けて来たスハさんの姿も私は見ているので「あなたは、あなた自身のことも誇りに思うでしょう?」と訊いたら、スハさんはうなずきました。マジュタバさんはコンピューターは苦手ですが、スハさんがネットを駆使してマーケティングを行い、お客様とのやり取りをしてきたのです。いま、仕事の一方、1年前からナーブルスにあるナジャハ大学でMBAを取ろうと勉強も始めているそうです。

 シンディアナと連携して、高品質のオリーブ石けんを作り、フェアトレード市場で販売してきた石けん工場が、いま、一般市場にも販路を広げました。今後、どのようなかかわりができるか、必要なのか、改めて考えさせられます。


変わらないこと

「占領」の問題は引き続いています。アラブ諸国に輸出する時は、ヨルダン経由、その他の地域にはイスラエルのハイファ港やアシュドット港から出荷しますが、イスラエルとパレスチナ自治区の境界の検問所では、いまもトラックとドライバーを替えなくてはならず、荷物の積み替えが必要で、コストも時間もかかります。

 マジュタバさんが海外に行くにはヨルダン経由。イスラエルに行くには許可が必要で、3ヶ月ごとに更新しなくてはならず、いつも許可が出るとは限りません。いずれにしろ、イスラエルの空港から海外に行くことはありません。

 ヨルダン川西岸地区内部の検問所も、通常は開いていることが多くなりましたが、突然閉まることもあります。イスラエル軍によるガザ攻撃の間は封鎖されていたそうです(検問所が封鎖されると人もモノも通ることができず、出荷できません)。

 明日何が起こるかはわからないのです。

*パレスチナ・オリーブは移転に伴い、いったん石けんの輸入販売の許可を失います。今年は輸入せず、在庫限りの販売となります(しばらく在庫はあります)。


イドナ女性組合

新センター

 2012年の夏にイドナ女性組合のセンターが移転しました。湿気や衛生環境が原因でずっと移転先を探していたので、念願の移転です。一つ一つの部屋は狭いけれど、部屋数が増え、材料の部屋、アイロンとミシンの部屋、出来上がり作品の部屋、事務所類スペース、会合スペース、台所、と使い分けられていました。

 必要だけれど団体の貯金を減らしたくないし、、、と悩んでいた新しいアイロンも、とうとう買っていました。

 全体で54人のうち中心スタッフが4人、縫製担当が5人。刺繍は全員が行いますが、材料をセンターに取りに来て、自宅で刺繍します。イドナ女性組合はここ数年、人数もメンバーもほとんど変わっていません。ヨーロッパへの輸出先は数ヶ所なので、不況の影響もあまりなく、売上も横ばいと言っていました。


新製品

 ときどき、新製品の写真をメールで送ってもらったりしていましたが、やはり、実物を見ると違うものです。できあがり製品の部屋にこもり、これ見たことない、他の色や柄はあるの?と質問攻め、あれこれ出してもらいました。あ、いいな、と思う製品に出会うとわくわくした気持ちになります。つい、一つの製品でも各色20個くらい注文しようとし、いや、15個ずつにするか、、、などと迷っていたら、スタッフのヌハさんに「お金なくなるもんね〜」と笑われてしまいました。

 綺麗だと思ったのは、綿の薄い生地に刺繍してあるスカーフ。使いやすくていいと思ったのは携帯電話ケース。また素敵な柄の小銭入れがあったので、それをポケットつきパースの形で頼んだりもしました。その他、いろいろまとめて頼んだので少し時間がかかるかもしれません。入荷次第、サイトや通信でお知らせします! 

 イドナ女性組合は、パレスチナで活動して来た水本敏子さんとともに、広島の団体「サラーム」が支援しています。サラームのブログに水本さんの報告などもありますので、ご覧下さい。→ サラーム

 

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投稿日:2013年02月19日(火)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=95