9月からオリーブ石けんが新しくなります。

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』43号 オススメ本
 

オススメ本 【番外編】

1、李清美(イー・チョンミ)『私はマイノリティ あなたは? 難病をもつ「在日」「自立」「障害」者』 現代書館、2009年、1500円+税

2、宮島望
『みんな、神様をつれてやってきた』地湧社、2008年、1900円+税

 先月、京都に行ったときに、友人から1冊目の本を、楽天堂さんから2冊目の本を頂きました。どちらも興味深く一気に読みました。


 李さんは、20年以上、施設でも親元でもなく、地域の中で、必要な介助を得ながら、自分の生活を自分で決めて生活する「自立障害者」で在日韓国人2世。

 障害者運動の中で、健常者を変えていくのが自立障害者の使命という考えがあり(自立障害者が介護者、学生などを、障害者の自立生活にひき入れていろんなことを話して、介護を通して社会を変える)、彼女は、すべてをさらけ出して、介護者に向き合ってきました。「私が必死でしゃべって、伝えて、相手が変わっていってくれれば、それが社会を変えていくことになる。」

 そして、外に出て行くことで、「障害者」や「在日」に対する差別、無理解にぶつかりながら、やりたいことに一つ一つ丁寧にエネルギーを使って向き合っていきます。「こっちは、言ってもしんどい、我慢してもしんどい。だったら主張した方がいい、やるだけやろう、と私は思う。」「でもしんどかった! 列車に乗るくらいの、健常者が普通にできることに、障害者は何でここまでエネルギーを使わなあかんのや。」

 そして、「昔の介護者は健常者と障害者、日本人と在日って枠組みで考えていたけれど、今の介護者は人と人ってレベルで考えているみたい。」と言いながら、介護者への話し方を考えていく。さらに、若い「障害者」に向けて経験を伝えていきたいと言う。

 しんどくても自由な生活を続けていく彼女の思いと行動力に圧倒されます。

 ただ、マイノリティ(障害者)が言葉と態度を選んでマジョリティ(健常者/介護者)に語っていくしかないのか、ということは考えさせられました。これは、ほかの在日コリアンの方の話を聞いてよく思うことで、「何言ってんだこの野郎とちゃぶ台ひっくり返してもいいのに、言葉を尽くして対話していくしかない」「(大学の授業などで)なぜ、自分が日本の若者に日本社会を良くするために話をしているのだ??と思うことがある。でもそうしていくしかない」というようなことを、10年程前に作家の徐京植さんから聞いて、ずっと印象に残っていました。私の知人の70歳代後半の在日コリアンの女性が、言いたいことを言っているようで、実は遠慮しながら(相手に遮断されないように)話していることが気になっていたりもしていました(決してこびている訳ではありません)。

 この本はタイトルから「あなたは?」と問うています。この本も次の本も、読むだけではなく、自分の生き方を問うもので、宿題をたくさんもらいました。


 2冊目の本は、こちらも「自由をこよなく愛する」という人ですが、違う角度からの取り組み。北海道新得農場共働学舎の代表。「責任をもつから自由にやらせろと考えていた。自分の中からわいてくるさまざまな発想を実現したい」

 共働学舎では、障害をもった人、ひきこもりや精神的な悩みを抱えた人、犯罪を起こしてしまった人など社会にうまくなじめないさまざまな人間が集まり、ともに暮らしているそうです。

 野菜作り、養鶏、酪農、チーズ作り、食事の準備。やることはたくさんあるから、自分がやりたいことは何をやっていい。休んでもいい。「職場や家庭で傷ついて立ち直れなくなったとき、少し羽を休めるところがあればいいと思う。そのとき、そばに自然があったほうがいい。仲間がいたほうがいい。そして、気を紛らわすために仕事があったほうがいい」

 そして、ここでは世界に肩を並べるチーズを作っています。私も注文して食べましたが、ものすごくおいしいです!!

共働学舎 新得農場(チーズが買えます)


 10数年前、パレスチナで、旧東ドイツ出身の留学生が「それまでは国が全部決めてくれていた。(東ドイツがなくなって)突然、何もかも自分で決めなくてはいけなくなった」と言っていました。自由って、自分で決めることなんだな、とふと腑に落ちました。

 パレスチナでは「自由」という言葉をよく聞き、その言葉の重みを時々考えます。日常的には、移動の自由がないこと(制限)に何よりも不都合を感じますが、自分の人生を選ぶのに、パレスチナ人というだけで制限がある。政治的な交渉の先行きが見えず、大学生が、卒業後どこに住んで何をするのかも、パレスチナの状況次第と言っていたりします。そして、パレスチナ人は、自分たちの社会、国の行方を自分たち(だけ)で決めることができない。

 自立した、自由な人間として生きたい、ということを改めて考えさせられました。(皆川)

 

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投稿日:2011年03月27日(日)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=67