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イベント

イスラエルの国籍法

チャレンジ・オンライン版 2010年10月11日
ヤコブ・ベン・エフラット著

しのびよるアパルトヘイトの影:イスラエルの国籍法

イスラエル政府は、国籍法の修正案を承認した。これによると、イスラエル国籍の取得を申請するさいには、「ユダヤ的・民主主義」国家(*註)としてのイスラエルに忠誠を誓わなくてはならないようになる。この修正案の対象となるのは、家族そろって暮らすためにイスラエル国籍を求めているアラブ系配偶者などであり、イスラエル国民(アラブ系およびユダヤ系)は適用外におかれるが、イスラエル国内のアラブ系住民を不必要に刺激するものだという見方をとる人も多い。

コラムニストのナフム・バルネアは、辛辣な意見を述べている。「この修正案は、人種主義政策を連想させるといったものではなく、人種主義政策そのものだ。非ユダヤ人には国家への忠誠が強制されるのに、ユダヤ人は忠誠を誓う必要はない。ユダヤ人が除外されているのは、超正統派のラビが忠誠を誓いたがらないからだ。彼らはユダヤ人国家、とりわけ民主主義国家としてのイスラエルを認めたくないのだ。ひどいことになった。人種差別を決定的なものにしたニュルンベルク法ほどではないが、同じ匂いが漂っている(イェディオット・アハロノット紙週末版2010年10月8日)

ずっと以前から存在する「独立宣言および基本法」(イスラエルの実質的な憲法)では、イスラエルはユダヤ国家であると宣言している。そして国家の象徴がダビデの星とメノラーであることに疑いの余地はない。さらに帰還法、その他の暫定条項や継続規定でもユダヤ人が優先されている。とすると、法務省がこの修正案を出した理由は何だろうか? 同修正案の対象となるのは、一年間でたかだか数千人にしかならない。しかもその大多数はアラブ系でもないし、イスラエルのユダヤ国家としての性格を疑っているわけでもない。

実はこの修正案の背後には、5年ほど前にアラブ系議員と国のあいだで火花を散らす大論争となった問題が隠れている。この問題は、クネセト(イスラエル国会)の元議員アズミ・ビシャーラが、「全国民のための国家」というスローガンのもとに政党を立ちあげたときから始まった。これを契機として、アラブ系の団体や施設が国と対決し、「ユダヤ的・民主主義」国家という自己規定に原因する構造的な矛盾を暴露しようとする動きが起こった。このようなアラブ系マイノリティーからの思想的な異議申し立てに対抗したアヴィグドール・リーベルマン(現イスラエル外相)が率いる党は、前回の総選挙で「忠誠なくして国籍なし」のスローガンを掲げて15議席を獲得した。

2006年、アラブ高等監視委員会および地方アラブ議員代表者委員会は、「イスラエルにおけるパレスチナ・アラブ人の将来的見通し」と題する文書を公開した。同文書によると、「イスラエルをユダヤ国家として定義し、そのような国家のために民主主義を用いるという考えは、われわれを社会から排除し、国家の本来的性格の対極に置くものだ」。

同文書には、イスラエルの民主主義にはアラブ系マイノリティーも含まれているのか、同等にあつかわれているのかという疑問が表明されている。この文書は、イスラエルのアラブ系住民が60年以上にわたって経験してきた疎外感を反映している。アラブ系指導者たちは、イスラエルはユダヤ国家であるという定義に異議をとなえているわけではない。彼らが問題にしているのは、アラブ系住民に向けられた差別制度なのだ。差別制度が存在する国に民主主義は存在できない。真の問題は国歌や国旗を変えることではなく、アラブ系の若者数万人の運命なのだ。彼らの未来は国によって閉ざされている。

アラブ系住民が暮らす町や村では暴力が横行し、ナザレやリッダ(ロッド)では白昼に殺人事件が起こっている。これらの事実がしめしているのは、アラブ系住民の教育体制崩壊、失業者の増加、貧困、基本的な行政サービスさえ提供できていない地方当局の無力だ。

リーベルマンがめざしているのは、国籍の取得を望む人々から忠誠の誓いをとりつけることではない。彼が望んでいるのは、アラブ系住民全体の忠誠を問うことだ。この修正案は始まりにすぎない。リーベルマンは先月開かれた国連総会で、イスラエルの国家見通しを述べている。それによると、ヨルダン川西岸地区の入植地と引き換えに、アラブ系住民が居住するイスラエルの土地をパレスチナ自治政府の管轄下に移す予定だという。

ネタニヤフ政権がアラブ系住民への挑発をやめなければ、イスラエルはアパルトヘイト国家になってしまうだろう。そうなれば、イスラエルは「ユダヤ的・民主主義」国家であるという主張は崩れてしまう。イスラエルを「全国民のための国家」として定義しようという動きが起こったのは、イスラエルは「ユダヤ国家」であり「民主主義国家」であるという定義の後半部分が実行されてこなかったからだ。ユダヤ国家であるためには、民主主義を犠牲にしなくてはならない。目下のところ、政府は平等を求めるアラブ系住民の声を真摯にうけとめるどころか、挑発をくりかえしている。全国民のための国家を持つことなどできない、これからもずっとおまえたちを排除し、あらゆる場面で差別するのだと言っているのだ。

最近、イスラエルはOECDへの参加を認められた。世界経済への参入をめざし、「中東唯一の民主主義国家」として、アラブ系住民への態度を変えるのではないかと見る向きもあるだろう。イスラエル銀行をはじめとする諸機関からの報告や、2000年の10月事件を調べたオール委員会の調査書のせいで、イスラエル政府は差別政策によってもたらされた教育、雇用、保健衛生などをはじめとする諸問題にとりくんでいるという誤解が広がっている。だが、不正義を認めるということと、何らかの策をほどこすということのあいだには、右派政権が立ちはだかって、民族主義や人種主義を称えるトランペットを吹き鳴らしている。対立をあおろうとする現政権のやり方は、アラブ系住民の懐疑論、自己隔離、極端なナショナリズムを助長するだろう。

イスラエル国家の定義をめぐる対立には、これまで等閑視されてきた別の問題が隠れている。現在のイスラエル社会には深い溝がある。その溝はユダヤ人とアラブ人のあいだだけではなく、ユダヤ人とユダヤ人のあいだにも横たわっている。政府はユダヤ人とアラブ人の区別なく、あらゆる者――派遣労働者、学校教員、アーティスト、トラック運転手、工場労働者、子連れの移民労働者ら――を標的とする差別政策を推進している。彼らは、社会給付のある安定した職場で働く権利を制限されている。「ユダヤ国家」イスラエルが奉仕するのは、少数の富裕層だけだ。一握りの家族が国家の富と資産を食い物にして、社会的義務や公共責任などは顧みない。ユダヤ国家イスラエルの番人を自認するリーベルマンにしても、汚職疑惑で捜査を受ける身だ。リーベルマンだけではない。多くの政治家が彼と同じことをやっている。こちらでは右派の賞賛を求め、あちらでは阿諛追従をならべて私腹を肥やしている。

国家の定義をめぐる論争も必要だろう。だが、今、議論すべきはユダヤ人とアラブ人そしてその他の人々すべてを含む全労働者の未来にかかわる問題だ。真に民主的な国家とは、資産が平等に正しく分配されるような国家だ。そのような国家にあっては、「ユダヤ人」などという定義は必要なくなるだろう。この定義こそがイスラエルのユダヤ人を誤った団結にみちびき、アラブ系住民に対する差別制度をもたらしてきたのだ。

(翻訳=西尾ゆう子さん)


註:ここで「「ユダヤ的・民主主義」国家」と訳されているのは、英語では“Jewish-Democratic” Stateと表記されている、イスラエルが国内外に対して自らを正当化するために自任する国家規定である。すなわち、イスラエルが「ユダヤ人のためだけの国家」であるという民族的な規定と、イスラエルが中東で唯一の「西欧的民主主義の国家」であるという形式的な規定とを、重ねたものである。明らかに相矛盾する二つの規定が、現実的には露骨なアラブ人差別のうえに、堂々と開き直って両立すると顕揚されているところに、イスラエル国家の問題の核心が端的に表れている。

ところで、19世紀末に最初に『ユダヤ人国家』を著して「シオニズムの父」と崇められるテオドール・ヘルツルにあっては、そのドイツ語の原題はDer Juden Staatであり、英語で直訳すれば本来はThe State of Jewsつまり「ユダヤ人の国家」であり、The Jewish Stateつまり「ユダヤ的な国家」ではなかった。ところが、ヘルツルの英訳も含めて、一般にThe Jewish Stateというかたちで受容されてしまっている。しかし、踏み込んで言えば、「ユダヤ人の国家」はユダヤ人「も」住むことのできる国家を含意すると考えることもでき、必ずしも排他的にユダヤ人だけの国家を意味しないし、他方で、「Jewishユダヤ的」とするときには、国家の制度や性格が根本的にユダヤ的であること含意してしまい、アラブ人の排除を前提としてしまう、という翻訳上の問題がある。

本記事の翻訳では、もとの「ユダヤ人の国家」から「ユダヤ的な国家」へと排外主義を強めてきているイスラエルの現状をふまえ、「「ユダヤ的・民主主義」国家」とし、またJewishを単独で用いている箇所は「ユダヤ国家」とした。

(註:早尾貴紀)

投稿日:2010年12月27日(月)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=61