7月22日に国立(カフェれら)でお話会します。

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』41号 編集後記拡大版:私たちと沖縄とパレスチナ

パレスチナ・オリーブ通信『ぜいとぅーん』41号
2010年6月15日発行

 

「数百万の人間が狭いエリアのなかで壁に囲まれ、数キロ先を移動するにもたいへんな干渉を受けながら生きることが必然的な『現実』なのだと、そうやって生きることしかありえないなどと、誰が本気で言えるだろう。地理的にはそこから遠い場所に暮らす私たちがパレスチナの出来事に注目せざるを得ないのは、<別の現実>を作り出そうとせずには行きていけないという確信、<別の現実>への志向そのものに対するやむにやまれない願望においてなのである」
『鏡としてのパレスチナ』序文より

 

これを読んで、沖縄のこともまた思いました。「申し訳ないが、また負担を」などと言えることである訳がありません。

1997年、初めて沖縄に行って基地を見たとき、「イスラエルの入植地みたいだ」と思いました(パレスチナに初めて行ったのは1995年)。フェンスに囲まれた中に、軍事施設だけでなく住宅や学校、レジャー施設などがあって、フェンスの外と別世界の生活がある。個人的な旅行でしたが、辺野古基地建設にかかわる名護市議会の傍聴などもしました。

1998年にパレスチナのビルゼイト大学に短期留学していた時、アラビア語作文の宿題の際に沖縄の基地について書いたことがあります。パレスチナ人のほとんどが、原爆を落とされた「ヒロシマ、ナガサキ」を知っていても沖縄のことは知りません。アシスタントの先生が沖縄の闘いに感銘を受けたのか、私の作文をコピーして授業で他の留学生にも配ってくれました。

パレスチナの人たちは「日本はアメリカにひどいことをされたのに立派に復興した」とだけ思っていて、日本が朝鮮半島や中国を侵略したことを知りません。また、沖縄のことを話しても、なかなか本土による差別までは想像しにくいようです。

2002年に「ガリラヤのシンディアナ」のスタッフを日本に招聘したとき、「立川自衛隊監視テント村」の皆さんに自衛隊の立川基地と米軍の横田基地を案内して頂きました。彼女たちは帰国後、「日本はミツビシだけではなかった」と機関紙に訪問報告の記事を書きました。日本に大きな米軍基地があることに驚き、そこで反対活動に取り組む人々に会って感銘を受けたようでした。

2003年、イラク戦争開戦の直後に宜野湾で行なわれた「沖縄・パレスチナ・イラクを結ぶ『土地の日』集会」に参加しました。主催の方が、『パレスチナ/イスラエルの女たちは語る オリーブがつくる平和へのオルタナティブ』(つげ書房新社)を読んでくださったのがきっかけです。2002年にパレスチナを訪問した方が「難民キャンプを見て、沖縄戦直後の収容所を思い出した」と言っていたのが印象に残っています。翌日、辺野古やオーシッタイを案内して頂きました。中東にかかわってきた者として、沖縄から米軍がイラク攻撃に飛んでいく、というのは新たな衝撃でした。

2007年には、2003年にお会いした方に再会しつつ、別の知人に辺野古や高江(ヘリパッド建設)を案内して頂きました。それ以来、辺野古テント村から、「NO BASE」というテント村の日々が綴られたニュースレターを送って頂くようになりました。

また、最近、友人から『米軍と農民-沖縄県伊江島-』(岩波新書)を頂きました。

さらに、私たちの住む宮城県では、今年も秋に米軍の実弾射撃訓練があります。また、宮城を含む東北方面隊が1995年に第一陣として派遣されて以来、自衛隊はゴラン高原(シリア領をイスラエルが占領している)の国連PKO活動に参加しているのです。このPKO活動は、イスラエルの占領を固定化してしまっています。

幾重にも重なり、つながっている。これは偶然ではなく、問題の根っこがつながっているから。

そして、沖縄の皆さんにもオリーブオイルを使って頂いています。オリーブでつながって、戦闘機の飛ばない空の下で、みんなが家族や友人とおいしくごはんが食べられる世界を願っています。

 

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投稿日:2010年07月06日(火)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=59