9月からオリーブ石けんが新しくなりました。

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パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
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パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』41号 イスラエル軍によるガザ支援船団攻撃をめぐって

パレスチナ・オリーブ通信『ぜいとぅーん』41号
2010年6月15日発行

 

日本の新聞・テレビでも少し報道されたので、気にされている方もいらっしゃると思いますが、パレスチナのガザ地区へ人道支援物資を直接運び込もうとしたトルコやヨーロッパ諸国の人権団体・慈善団体の組織した船団6艘が、5月31日にイスラエル軍による襲撃を受け、少なくとも9人が殺害され、数十名もの重軽傷者が出ました。

この事件をめぐっては、日本の報道も含めて多くの問題が錯綜していますので、いくつかの次元に分けて整理します。

 

1、イスラエル軍による船団襲撃は、ガザのはるか沖合の公海上で行なわれました。すなわち、形としては民間人のみが乗船している非武装の船が、その場所に何の権限も持たない外から来た武装組織に襲撃され、多くの乗船員が殺傷されたあげくに、拿捕されたのです。これは事実として、海賊および拉致、まさしく「テロ」と呼ぶべき行為です。

ところが、イスラエル軍の広報部は、乗り込もうとするイスラエル兵に対して棍棒を振り回す乗船員の映像を示し、「正当防衛」を主張。また刃物類を押収したと発表しました(調理室の包丁を!)。

問題は、この軍側の宣伝を受けて日本のメディアが双方の「衝突」と報じていることです。公海上で行なわれたイスラエル側の不法行為であることを指摘するメディアも皆無。武器のない民間船が公海上で重武装した兵士に襲撃されているときに、棍棒でそれに抵抗することを「正当防衛」と呼ばずに、双方の「衝突」と表現するのは、報道の客観性を著しく損なうことです。

 

2、そもそも根本的な問題は、ガザ地区が4年近くにわたって完全に封鎖され、人も物も出入りできない状況におかれていることです。

これまでたびたび通信でも書いてきたように、2006年にパレスチナ総選挙で、イスラエルの占領政策を批判するハマスが勝利し政権をとって以来、ハマスという選択についてパレスチナ人全員に対する集団懲罰とばかりに、イスラエルはガザ地区を陸海空から完全に包囲封鎖し、監獄状態においてきました。国連による食糧配給さえも制限されているなかで、ガザ地区の住民はエジプト国境の地下トンネルでの密輸に生活物資を頼っているありさまです。

これに対して世界の人権団体や市民団体がガザ地区の開放を訴え続けてきました。また今回のようなかたちで、実力行使で支援物資を船で運び込む運動も繰り返し試みられ、何度かは成功していますが、ガザ地区到着前に拿捕されることもしばしば。こうした流れのなかで、今回の襲撃は起きました。

 

3、さらなる問題は、このようなガザ地区の封鎖状態に対して、市民団体以上に有効な外交圧力をかけられるはずの各国政府が、事実上イスラエル政府の行為を黙認していることです。なかでも日本政府の出した談話は突出していました。

公表された外務報道官談話(5月31日)では、やはりこの事件を「衝突」と表現。そして、「暴力の連鎖を引き起こさないよう、双方に自制を求める」としたのです。認識能力も分析能力も欠いていることにびっくりしました。EU・ロシアが共同声明で「ガザ地区の全面開放」を訴え、封鎖そのものを不合理だと強く非難したのとはあまりに対照的です。

しかも外務省談話では、「徹底した調査によって事態が究明されることを求める」としておきながら、その二日後の6月2日には、国連人権理事会による独立調査団の派遣の議決に際して、日本は棄権(アメリカは反対)。イスラエルは調査団の受け入れ拒否をすぐさま明言しました。すなわちこうした日本政府のような姿勢が、いつまでもイスラエルの占領を許容させてしまっているのです。

 

その後の状況を補足すると、最大の死傷者を出したトルコや、ヨーロッパ諸国、アラブ諸国、ムスリムの多いアジア諸国において、連日数万人規模の抗議デモ。そうした情勢を受けてエジプト側がガザ地区との国境を部分的に開放し、治療目的の重病人の通過と一部物資の搬入を認めました。しかしきわめて限定的なものであり、それもいつまで続くかわかりません。

そしてイスラエル側は封鎖継続を表明しています。またガザ地区への攻撃も日常的に継続しており、船団襲撃問題のさなか、境界線に近づいたとか海岸から少し海に出たという理由で(もちろんイスラエル領ではありません)パレスチナ人を空爆・射撃する事件が相次ぎ、10人近い死者が出ました。
 しかし今回の船団攻撃を契機に、世界各地でイスラエル・ボイコットを含む抗議行動が活発化し、ガザ開放への圧力も強まっていることも確かです。

 

「ガザ虐殺を繰り返させないための共同声明」への署名提出および院内集会の報告

2008年12月27日に始まったイスラエル軍によるガザ地区への大規模空爆・侵攻から一年後の2009年12月27日に、「ガザ虐殺を繰り返させないための共同声明」の署名集めが開始されました。大阪の「パレスチナの平和を考える会」や東京の「ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉」などが中心となって呼びかけ賛同団体を募り、パレスチナ・オリーブも加わりました。最終的には32団体が名を連ね、5261筆の署名が集まりました。署名にご協力いただいたみなさま、どうもありがとうございました。

その署名を5月21日に外務省に提出し、協議の場を持つとともに、衆参両院から20名の賛同議員を得て、同日院内集会(主に国会議員やその秘書を対象に議員会館で開催する市民団体主催の集会)を持ちました。署名運動の意味としては、ガザ侵攻1年というのに加えて、民主党などの新政権の中東・パレスチナ政策に対してロビー活動するという目的もありました。

参加者によると、外務省協議では、イスラエル批判に消極的な日本政府が、ガザ侵攻・虐殺の真相究明や責任者処罰を求める国際的な圧力を無視しようという姿勢があからさまだったそうです。院内集会では、ちょうどこのタイミングで来日していたパレスチナ人権センターのラジ・スラーニー氏(ガザ地区出身の人権擁護活動で著名な弁護士)や、その招聘にあたったヒューマンライツ・ナウの伊藤和子弁護士らの発言も得られたとのこと。メディア関係者や市民の参加者もある程度集まり、濃密な集会になった、という報告が届きました。

今回の支援船団攻撃で、注目が再度集まりましたが、ガザ地区の、もちろん西岸地区も含めたパレスチナの、全面的な開放、すなわち占領終結に向けて、いっそう市民の側の発言や働きかけが求められています。(早尾)

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投稿日:2010年07月02日(金)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=56