7月22日に国立(カフェれら)でお話会します。

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』40号 ヨルダン渓谷訪問など

パレスチナ・オリーブ通信『ぜいとぅーん』40号
2010年3月18日発行

ヨルダン渓谷

昨年に引き続き「ヨルダン渓谷ソリダリティー」(以下JVS)を訪問しました。JVSは2006年にヨルダン渓谷の住民で発足、若いボランティアが加わり、数々のプロジェクトを精力的に行なっています。代表であり、2007年末に来日したファトヒさんは、文字通り、朝から晩まで、北から南まで走り回っていました。

ヨルダン渓谷地帯は注目を浴びない地域ですが、軍事的にも行政的にもイスラエルの管理下にあります(ファトヒさんは「忘れられた地域」と言っていました)。入植地だけでなく、イスラエル人の農場や農産加工場の拡大も続いています。

また5ヶ所ある検問所も他の地域より通行が厳しい。いままで、ヨルダン渓谷地域の住民しか通れませんでしたが、つい最近、ヨルダン川西岸地区の住民であれば通れるようになりました(いつまでの措置か分かりません)。しかし、外国人はまだ通れない検問所もあるので、車を降り歩いてオレンジの林を抜け、迂回しました。(検問所のイスラエル兵からは見えています。迂回は止めないくせに検問所は通してくれません。嫌がらせです)。

クリニック、学校、家屋の建設・修復

建物の修復や建設はイスラエルに禁止されています(イスラエルの許可が必要なのですが許可は出ません)。

新しく数ヶ所のクリニックをつくったり、小学校の部屋を増やしたりしていました。イスラエルによる禁止のため、パレスチナ自治政府は建設ができません。JVSが自分たちで建設した後、パレスチナ自治政府に管轄移譲。学校の先生の給料など維持費は政府が負担します。最後には、ユネスコのトップやイギリスのブレア首相(当時)が学校を訪問したりしてお墨付き、、、といった具合ですが、イスラエル軍による破壊の危険がなくなったわけではありません。実際、何度も壊されている学校や家屋があります。

学校の生徒たちは地元のヨルダン渓谷の住民ですが、先生たちは毎日検問所を越えて他地域から来るのでとても大変です(検問所の通過は何時間もかかることがあります)。渓谷地域内部では、いままで十分な教育が受けられなかったので先生になれる人材がいないのです。

また、JVSは家を建てたり、水タンクを設置したり、経済的に困難な家庭の支援もしています。

泥レンガ

ある小学校や家屋は、泥レンガで建てられています。

泥レンガは、白土、わらを含む20種類の草、家畜の糞など全て地元ヨルダン渓谷で取れる材料から作られています。これらを混ぜ、足で踏み、ブロック状に固めて天日干しします。このブロックを積み重ね、泥で固めて家をつくるのです。ここでは昔からある方法です。

パレスチナでは、現在、村の家屋はコンクリートブロックを重ねて作るのが一般的です(地震がきたら怖い感じ)。イスラエル軍による破壊の危険があり、修復・再建しやすいように、ということもありますが、地元の材料で自分たちで作れること、泥レンガの家の方が丈夫で長持ちすることから、JVSは泥レンガの家を勧めています。しかし住民はコンクリートの方が現代的だと思うので「泥レンガの家を」と説得するのはけっこう難しいそうです。「どこかから多額の資金提供を受けてさっさと作ることはできるが、みんなと話し合いながら自分たちの手でゆっくりでも作ることが重要だ。」と言っていたのが印象的でした。

太陽光発電

ヨルダン渓谷地帯では、水道や電気を通すこともイスラエルに禁じられています。このため、水を買って水タンクに入れて利用したり、燃料を買ってジェネレーターで発電したりしますが、高いお金がかかります(イスラエル人入植者用の電線も水道管も近くを通っているのですが)。

イスラエル軍の軍事演習なども行なわれ見晴らしもよく、イスラエルが軍事戦略的に欲しがっているため、破壊の危険性が高い地域に住むベドウィンコミュニティがあります(実際に何度も破壊されています。そして、家屋修復は「違法」になります)。とても美しい丘陵地帯で、鶏や羊、山羊など多くの家畜が飼われています。しかし、この厳しい条件によって人々はこの場所を離れ、1967年の占領前には約350人住んでいたのが現在は約40人となってしまいました。人々は、そこがイスラエルに没収されたら他の地域も奪われてしまう、と感じています。そこに住む続けることが彼らにとって抵抗であると考えられているのです。

そこで、少しでも暮らしやすくなるように、手作りソーラーパネルを持っていきました。埼玉県小川町にある「ソーラーネット」さんからの提供です。ソーラーネットのノウハウで市民グループがソーラーパネルを手作りし、ソーラーネットに預ける。それを国内外の必要な地域に提供するというプロジェクトです。1枚のパネルの発電量は多くはありませんが、まず始めてみようと、今回は1枚持っていきました。天気もよかったため、つないだとたんに電気がつきました。

今後どのようにプロジェクトを発展させていくか、まだ乗り越えるべき課題も多いのですが、無事に発電してほっとしました。

資金は後からついてくる??

JVSは数々のプロジェクトを行なっていますが「まずプロジェクトを進め、それから資金繰りをする」と言っていました。「お金を貯めることは問題を生む」と考えているそうで、JVSは銀行口座を持っていません。

ヨルダン渓谷地帯を走り回るには車が不可欠ですが、自家用車を持っている人はほとんどいません。しばらくの間JVSでは必要なときには車をレンタルしていましたが、コストが高いため、最近、前払いなど支払い一切なしで車(軽トラックのようなもの)を買いました。販売の人がJVSの活動を見て「お金ができたときに払ってくれれば良い」と言ったそうです。

今回、千葉県東金市のフェアトレードショップのルバーブさんがお店で集めた寄付780ドルをJVSに手渡ししてきました。ありがとうございました!

交通

これまでパレスチナの地元交通手段である乗り合いタクシーで何時間もかけてエルサレムからヨルダン渓谷に行っていたのですが、日程が厳しくなったため、初めて入植者用のバスに乗って行きました。なんとエルサレムから1時間。しかも数時間置きにバスが出ているのです。道路はガラガラ。とっても簡単!でショックを受けました。ヨルダン渓谷のパレスチナ住民も以前はこのバスに乗れたのですが、現在は禁止されているそうです。

【援助問題】

ヨルダン川西岸地区全域でいま道路工事をしています。2002年頃にイスラエル軍に破壊された都市間の主要道路の修復もありますが、町や村の内部の道路の再舗装などもやっています(アメリカ版ODAであるUSエイドが多いですが、日本のJICAのプロジェクトもあります)。舗装されている道路をきれいに再舗装していたりするのです。雇用創出にはなりますが、それにしかなりません。コンクリートなど材料はほとんどイスラエルから持ってきています。パレスチナの活動家などではなく、普通の人に聞いても「道路はまったく優先事項ではない。これはイスラエルのセキュリティのためだ。」と言います。そして、地元用の道路が修復された後、現在、使用できている西岸地区のハイウェイをイスラエル人専用にするのではないか、という噂もあります。

USエイドによる学校建設も、「必要なもの(中身)はすべてアメリカから。そしてアメリカのコンサルタントが来る。」とのことです。スモールビジネスへの援助で日本の中小企業診断士の方も来ていますが、パレスチナのことを何も知らないで、どうアドバイスできるのでしょうか? もっと、パレスチナで自分たち自身で地道に活動している人たちを支援できないのだろうか?と思います。

【交通渋滞】

パレスチナで自然な交通渋滞は、ラマッラーの中心部くらいで他にはありません。渋滞しているのは、すべて検問所や分離壁が原因です。

今回、エルサレム〜ラマッラー間にあるカランディア検問所で大渋滞となり、予定を大幅に変更せざる得ないことがありました。エルサレムから検問所へ向かう道が大渋滞。結局、「検問所は(外国人を含め)完全封鎖だ。」と言われ、バスの乗客はみな降り、私たちもあちこちに連絡をして予定を調整していました。すると、30分後に「検問所は開いた。」と言うので、回転扉を3つくらい通って検問所を抜けました。検問所の封鎖の理由を聞くと「(検問所のわきの)カランディア難民キャンプで問題があった。」「理由なんてないよ。いつでも好きなときに封鎖にするんだ。」「昨夜、ラマッラーで外国人活動家が逮捕されたからだと思う。」などてんでんばらばら。結局、検問所の拡張なのか、検問所脇の道路でイスラエル軍が道路工事をしていたため、通行できずに大混乱になっていたことがわかりました。今日は仕事にならないと感じたタクシーの運転手は大渋滞を見て「大問題、大問題、、、」とぶつぶつ言い続けていました。

 

あだち。の一言
パレスチナの風景は想像以上の大パノラマで、起伏のある山がちの地形に緑が点々としている、といった風情。早くも春が訪れていて、見られないと思っていたアーモンド(桜に似ています)の花やポピーがたくさん咲いていました。しかし!そこに近く、遠く、長く、また入り組んで「壁」が醜い姿で顔を出します。写真や映像でしか見たことがなかった「壁」ですが、ベツレへムの街でごく普通の通りや家々を突然遮断している高い壁を見た時には本当にぞっとしました。ものすごい圧迫感です。

イスラエルでは日曜朝の電車は休暇明けのイスラエル兵士でぎゅうぎゅう詰め。彼等が肩から提げている銃に閉口しました。10代から20代の若者ばかりです。何のためにこんなものを持っているのかと考えると暗澹たる気持ちに、、、。

編集後記

通信編集はいつも盛りだくさんな内容を削る作業です。今回載せられなく削れない内容は次号に。

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投稿日:2010年04月06日(火)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=52