4月23日甲府で簡単パレスチナお料理教室

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』39号 エルサレムから

パレスチナ・オリーブ通信『ぜいとぅーん』39号
2010年1月9日発行

パレスチナ・オリーブの早尾の報告です

12月末からパレスチナ/イスラエルに来ています。ちょうど猛烈なガザ攻撃から1年ということで、12月31日にガザ地区の入口のエレツ検問所でガザ封鎖解除を求めるデモもありましたが、参加者は1000人になるかどうかで、けっして「大集会」と言える規模ではありませんでした。ガザ地区への封鎖と兵糧攻めが続いているにもかかわらず、目に見える攻撃が抑制されると、批判の声も弱まり関心を持続させるのが難しくなるというのは、日本でも現地でも変わりないのかと思いました。とくに「ピースナウ」のようなイスラエルの体制内批判勢力の退潮があからさまでした。

でもこういうときだからこそ、見えにくい「占領の政治・経済」という問題を考えることが必要だと思います。ガザ地区はつねにヨルダン川西岸地区に先立つ占領の「実験場」であり、西岸地区へ圧力をかけるための「カード」でした。選挙でオスロ和平プロセスにノーを突きつけ、ハマースに政権を託したのはガザ地区でも西岸地区でも同じであったのにもかかわらず、ガザ地区を選んで集団懲罰にかけることによって、西岸地区を黙らせる。そこで着々と進められていることの一つは、入植地建設です。

「民主党・社民党・国民新党連立政権に対して日本の中東政策の抜本的な転換を求めるガザ虐殺を繰り返させないための共同声明」の賛同署名を募っています。

入植地

エルサレムやその郊外では膨張を続けるユダヤ人入植地を見て回りました。1993年のオスロ合意の後になって山一つを削り入植地にしたとして悪名高いハル・ホマ入植地。そのふもとには広大な造成地が広がっていました。これから数百棟の増築が予定されています。そのまま造成を続けていくと、東エルサレム占領地内のハル・ホマ入植地が西エルサレムとそのまま陸続きになって、占領・入植の問題が目に見えにくくなることが予想されます。事実、すでに西エルサレムに接しているギロやタルピオットといった入植地に住んでいるユダヤ人で、自分が入植者であると意識している人はほとんどいないと言われています。

また入植地を回るときに、ある経済学者が説明してくれたことによると、結局は、税金や家賃などの軽減措置によって生活コストに2倍ぐらいの差が出るため、もはや高所得者以外は、テルアヴィヴはもちろん西エルサレム中心部に新たに家をもつことなど不可能となっているとのこと。ユダヤ人の新移民や、格差拡大で貧困化したユダヤ人には入植地に住む以外に選択肢がなく、イスラエルが入植地凍結を拒否する一因になっているそうです。

ヤーファーのパレスチナ人

テルアヴィヴに隣接するヤーファーでは、さらに複雑な事情を目撃しました。そもそもヤーファーは古くからパレスチナ最大の港町で、だからこそユダヤ人移民は、ちょうど100年前に、そこに隣接する場所に新しくテルアヴィヴをつくったのでした。イスラエルが建国される1948年には、ヤーファーの住民のほとんどが追放の憂き目に遭い、ヤーファーやその周辺の村に残った数少ない住民も、ヤーファーの中のアジャミー地区というところにかき集められ、フェンスに囲われ、その当時そこは、文字どおりに「ゲットー」と呼ばれていました。

しかし年月が経ち、どんどん開発が進んできて、テルアヴィヴの住宅地が拡大し、ここ10年ほどでアジャミー地区も新興住宅地に再開発されつつあります。地価が跳ね上がり、税金や家賃もグッと上がって、域内難民としてかき集められたパレスチナ人たちが出て行かざるをえなくなっているのです。建国以前からの古い建物は壊され、そこにどんどん高級住宅が建てられています。そこに住むことができるのは、もはや、上流階層のユダヤ人や欧米の金持ちに限られ、なんとか残れるパレスチナ人は弁護士や医師などとして成功した1~2割ぐらいだろうとさえ言われています。

シンディアナの関連団体である「ビデオ48」がアジャミー地区を素材にした映画を完成させましたので後日紹介します。

検問所

エルサレムから西岸地区に入る南北方向の主要な二つの検問所は、もはや国境管理並みの施設になっており、ついに指紋認証と磁気カードが導入されているのを目にしました。これはイスラエル側で労働する許可証を得られているパレスチナ人に限定されているようですが、目の前で機械にカードと手のひらを置いているのを見るのはさすがに気持ちの悪いものでした。

加えて、こうした検問所に、民間セキュリティー会社の警備員が配置されているのも目にしました。報道では昨年から導入されているのを耳にはしていましたが、確かに兵士とは違う、初めて見る制服姿でした。民間軍事産業の発展とアウトソーシングが、ついにここまで手を伸ばしたのかという思いです。

1月1日から、エルサレム〜ベツレヘム間のバス料金が、4シェケルから4.5シェケルに値上がりしました(1シェケル約25円なので100円が113円に)。バスのなかに掲示は出ていたのですが、読んでいないパレスチナ人が、乗るときに「えっ、値上がりしたの!?」という反応をしていて、運転手がいちいち説明していました。

2000年に第二次インティファーダが始まる前は、東エルサレムから2シェケルでベツレヘム市の中心部まで直接行けていました。それがいまでは、4.5シェケルで、しかもベツレヘムに入る検問所まで。そこから歩いて検問所を通過して、検問所の内側に入ってからは、自分でタクシーを拾うしかないのです。たまたま同じ方向の人とシェアできても、距離によってさらに3~5シェケルはかかります。ですから、実際にはエルサレムから8~10シェケルはかかってしまいます。経済は悪化して収入は減っているのに、生活コストはどんどん上がっています。たかが0.5シェケルでは済まない問題です。(写真:ベツレヘムの検問所へ向かう道。鉄格子の中を歩いて行く)

ジュマさんの逮捕

ストップ・ザ・ウォール・キャンペーンのジャマール・ジュマさんが12月にイスラエルに逮捕されました。パレスチナ自治政府がイスラエルの顔色をうかがって沈黙する中、同団体は公然と隔離壁の建設に反対し、非暴力で地道な活動を行なってきました。私たちも何度かお会いしています。この団体は、2007年に日本の「平和と繁栄の回廊構想」についても、詳しい意見書を出しています。釈放を求めた国際的な呼びかけも始まっていますが、なぜ、いま逮捕なのか、イスラエルの意図がわからないのが不気味です。

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投稿日:2010年04月03日(土)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=50