9月からオリーブ石けんが新しくなりました。

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』38号 パレスチナ通信事情

パレスチナ・オリーブ通信『ぜいとぅーん』38号
2009年11月6日発行

パレスチナ通信事情

最近、生産者団体や友人たちとEメールのやり取りがスムーズにできるようになってきました。(統計ではなく)個人的な体験からこれまでを振り返ってみると、、、。

1998年に、ヨルダン川西岸地区の小さな村に住んでいた時。町(ラーマッラー)に近いその村には電話回線が来ていましたが、私は学生アパート暮らしだったため、日本に電話するには、ラーマッラーにある国際電話をかけられる公衆電話を使っていました。大学のコンピューター室には、ネット回線につながっているコンピューターがあり、学生は自由に使えていつも混んでいました。

この頃、村にも電話回線を伸ばす工事が行なわれていたようですが、2000年のアル・アクサ・インティファーダ以降それらはいったんストップしたようで、むしろ携帯電話の普及が進んで行きました。

町や難民キャンプにインターネットカフェが目につくようになったのは2000年頃から。町に住む人は、会社やネットカフェでメールを使うようになりました。知人が倉庫に数台コンピューターを並べてにわかインターネットカフェを始め、女性たちが「男性たちが夜中にネットばかりやっていて家に帰ってこない!」なんてぶつぶつ文句を言っていたりしました。

そして、この数年、町にはADSL回線が普及し、個人宅でもネットにつながったパソコンを見かけるようになりました。離散したパレスチナ人の状況も反映し、サウジアラビアで働いている婚約者と毎日メールをやり取りしているとか、face book(ソーシャル・ネットワーキング・サービスの一つ)を使って、会ったことのない親族を含めてつながっている、という話も聞きました。

そして、パレスチナの状況を、多くの人がアラビア語だけでなく英語で発信しています。ガザ攻撃のときは、必死に書いたメールが世界に発信されていました。

ガリラヤのシンディアナ

最初のマジダ・ル・クルム村の事務所倉庫には電話やネット回線がなく、シンディアナのユダヤ人スタッフの自宅のパソコンでメールをやり取りしていました。FAXもヤーファの関連団体の事務所に送っていました。2005年にコフル・カナ村の広い事務所倉庫に移転してからは、電話・FAX、インターネット回線と全て完備され、メールのやりとりも簡単になりました。ただ、シンディアナのスタッフは、毎日、走り回ってハードスケジュールで仕事をしているので、メールでは事務的な内容がほとんどです。いろいろな話は、訪問したときに見聞きすることになります。

ナーブルス石けん工場

新工場に移るまでの仮住まいには電話もネット回線もありませんでした(2000年に新工場を建てましたが軍事封鎖地域に指定され、移転できたのは2006年)。『ぜいとぅーん』では、よく「電話で聞きました」という内容を報告してきましたが、マジュタバさんが工場から帰り夕飯を食べ終わるタイミングを考えてご自宅に電話をしていたため、日本は夜中(時差は7時間)。夜中の2時頃に眠い目をこすりながらの電話は結構大変でした。

新工場も、郊外にあるため(「インダストリアル・ゾーン」と言いながら周囲はオリーブ林)電話回線など通っていませんでしたが、2007年に自費で回線を引いて、電話・FAX、ネット回線がつながりました。

石けん工場とメールで連絡が取りやすくなったのは最近。2008年にマジュタバさんの妹さんが離婚して実家に帰り、石けん工場を手伝うようになってからです。いま、秘書的な仕事から会計まで彼女がしているようです。石けん工場という、ある意味、男性の職人さんたちの仕事場でも彼女がリラックスして働けるように、まず敷地内に事務所を建てました。マジュタバさんはコンピューターが苦手。メールも読むのは問題ありませんが、書くには1本指でたどたどしく打つので、返事はめったに来ません。しかし妹さんは早い。事務的なやりとりがほとんどですが、メールでスムーズにコンタクトが取れるようになりました。彼女が働き始めて石けん工場で大助かりなのは確かです。

イドナ村女性組合

事務所が移転したりもしましたが、ずっと、FAXでのやりとりが中心でした。しかし、注文をFAXで送ろうとしてもつながらないこともしばしば。電話番号とFAX番号が同じなのですが、その切り替えがうまくいかないこともよくありました。イドナの女性たちが、FAXに不慣れなせいもありましたが、回線事情のせいもあったと思います。それが、今年に入って、こちらからFAXが必ず送れるようになりました。

また、最近、前号の『ぜいとぅーん』で書いたように、パソコンの得意なスタッフ見習い(?)がメンバーなり、添付書類付きのメールが届くようになりました。イドナの女性たちともFAXやメールでは注文など事務的な内容がほとんどです。私がもっとアラビア語が読み書きできれば良いのですが(アラビア語の手書きのFAXを受け取って、読むのに苦労したこともありました。メールでは簡単な英語を使っています)。

事務的にはメールは便利だと実感していますが、お互い、顔や人柄を知っている上でのことです。みんなの様子を知るには、やはり訪問するのが一番です。

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投稿日:2010年03月30日(火)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=47