9月からオリーブ石けんが新しくなりました。

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背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

ゴマ栽培農家

ガリラヤのシンディアナ・マンスリー記事より 2009年9月

コフル・マンダ村でゴマを育てる

ガリラヤ地方にあるアラブ人の村コフル・マンダ。住民のほとんどはムスリムだ。村の周囲には、アル・バトゥーフの名でよばれる豊かな谷間が広がっている。このあたりの地所は、近くの村に暮らすアラブ人の所有地となっている。

コフル・マンダ村には16,000人が住んでいる。農村ということになってはいるが、自分の農地を耕している村人はごくわずかだ。ほとんどの村人は建設工事の労働者や、農業の臨時雇いとなって生計をたてている。村人の11パーセントには仕事がない。イスラエル中央統計局によると、コフル・マンダ村は典型的な最貧地域となっている。

農園をいとなむユーセフ・ムラード(アブー・ザキー)は78歳。村でゴマを栽培しているのは、彼をふくめて数えるほどになってしまった。12人の子どもがいるが、父と同じ仕事をえらんだのは長男のザキーだけだった。

ユーセフは12歳のときに、家族の土地で働くようになった。ユーセフの父が受け継いでいた農地は50ドゥナム(ほぼ12エーカー)。ユーセフと兄弟たちがそれぞれこの農地を相続した。灌漑用の水が引かれる前は、冬と春は農地で働き、残りの季節は収穫した作物を売って暮らしをたてていた。

1962年、苦労が実って村で最初のトラクターを買うことができた。このトラクターを使ってよその農地を耕すようになると、経験も深まり知りあいも増えていった。土地を売ることにした人が多かったなかで、ユーセフは農業をやめた村人から農地を買っていった。今ではコフル・マンダ村きっての大農家とだれもが認めるほどになり、120ドゥナム(ほぼ30エーカー)の農地を所有している。農地の半分には灌漑用水が引かれているが、残りの半分は天水に頼っている。

ユーセフによると、農業からそれなりの収益を得ることができたのは1973年までだった。「まず、肥料の値段があがり、次は(イスラエル)政府が農民から税をとりたてるようになりました。それだけではなく、関税なしに農産物を輸入できるようになってしまったのです。コフル・マンダ村は非灌漑農法でつくっている地元のゴマ産地として知られていました。毎年、何百トンものタヒーニ(訳註1)とザータル(ハーブ、ゴマ、塩を混ぜたもの)を出荷していたものです。しかし今言ったような変化のせいで、エジプトやアフリカから輸入された安いゴマが市場に出回るようになり、地元の農家はやっていけなくなりました。売れなくなったのはゴマだけではなく、ほかの作物も同じことです。こうして大多数の農家が、土地を手放してしまいました」

1980年、コフル・マンダ村の井戸が汚染されたため、イスラエルの水道企業が新しい井戸を作らなくてはならなくなった(訳註2)。こうしてそれまではなかった灌漑用水の割り当て制が始まった。だが昨年、イスラエルの水危機のせいで、割り当て量が半分になってしまった。ユーセフは現在の割り当て量で、ザクロ、リンゴ、野菜、メロンを栽培しているほか、非灌漑の耕地で小麦、オリーブ、ゴマを作っている。

現在、この地域では、自家用として年間数トンのゴマが生産されている。「ゴマの栽培は手間がかかる。安い輸入品とはりあうことはできません」

「どうしてゴマ栽培を続けるのか」と質問すると、ユーセフはゴマにまつわる思い出を語ってくれた。「母が亡くなる前に、ゴマを作りつづけてほしいと頼まれたのです。母の最後の言葉を守らなくては。息子たちも守ってくれるでしょう」。母の言葉を守るため、ユーセフは毎年、10ドゥナム(2.5エーカー)の土地で良質のゴマを育てている。

ゴマの種を撒くのは5月、収穫は8月だ。刈り取って束にしたあとは、積みあげて天日で乾燥させる。6週間後、束をさかさまにして振ると、黄金色をしたゴマの種子がこぼれ落ちるので、これを集めて袋につめる。今年のゴマはシンディアナの倉庫に運ばれることになっている。

(翻訳:西尾ゆう子さん)


訳註1:タヒーニまたはタヒーナ。ネリゴマのようなもの。

訳註2:イスラエル内のパレスチナ人地域でもガザ・西岸地区でも、イスラエルの許可なしに井戸を含め水利施設を作ることができない。そして、新しい水利施設を作る許可は何十年もほとんど出ていない。このため、半年間は雨が一滴も降らない地域なのに灌漑率が数%である。

(訳註:皆川万葉)

投稿日:2009年12月12日(土)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=45