4月23日甲府で簡単パレスチナお料理教室

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』36号 ガザ地区の軍事占領と復興支援

パレスチナ・オリーブ通信『ぜいとぅーん』第36号
2009年4月22日発行

サラ・ロイさん来日講演

3月初めに、アメリカのユダヤ人で、ガザ研究の専門家サラ・ロイさんが来日し、東京や京都で講演や集会が行なわれました。ロイさんは、ガザに滞在しながら長年フィールドワークを行い、政治経済学の観点からイスラエルによるパレスチナの占領体制を批判的に研究してきまし た。


「政治問題」を「人道問題」にすり替え??

2008年末からのイスラエル軍によるガザへの空爆、陸上侵攻は、1400人以上の死者、5500人以上の負傷者を出した後、2009年1月18日にイスラエル軍が「一方的停戦」を宣言しました。(その後も散発的な空爆が行なわれています。)

それまでガザ地区に入ることを禁止されていた世界各国の報道機関やジャーナリストらも、翌日から徐々に入ることが許可されるようになり、負傷者の様子や廃墟となった住宅地や道路や農地などの映像も流れるようになりました。その状況は本当に悲惨なもので、すぐさまに各国政府や大きなNGO組織が復興のための人道援助を表明し、物資や資金の提供を競うように発表しました。しかし、これで「安心」してよいのでしょうか。

ガザ攻撃は突然、12月末に始まったものでもなければ、1月で終わったものでもありません。実際、長期的視点で見れば、ガザ地区はとっくに限界を越えた破壊と封鎖にさらされてきましたし、いまも封鎖下に置かれています。

2006年の民主的な議会選挙によってハマスが勝利してできた政権を、イスラエルとアメリカ、日本などがボイコット。イスラエルは公然とガザ地区を完全封鎖し、そのときから食糧・燃料不足と医療崩壊、そしてイスラエル軍の空爆は始まっていました。

2008年初めには、ガザ地区とエジプトとの国境がガザの人々によって突破され、1週間程、自由に行き来できるようになり、住民の半分がエジプト側に買い出しに出たという事件がありました(『ぜいとぅーん』32号)。

ロイさんは、軍事占領という「政治問題」が復興支援という「人道問題」にすり替えられている、と主張しています。「すり替え」によって、世界の各政府やNGOが政治的観点を見失って人道援助に走っていることが、無自覚にイスラエルの占領体制を支えてしまっています。イスラエルがいくら封鎖や破壊をしても、世界中から援助物資が流れ込むシステムになっているのです。イスラエルの尻拭いを世界がさせられている、しかも物資の多くがイスラエル市場で調達され、イスラエル経済を支える構造になっているわけです。

ロイさんは、この「すり替え」の起源は、1993年のオスロ和平合意にあると強調しました。いまの危機はオスロ合意の崩壊なのではなく、オスロ合意そのものによって直接的にもたらされたのだ、と。「オスロ合意によって、人びとは軍事占領が終わったとみなし、政治交渉から経済交流に関心を移してしまいました。しかし、93年オスロ和平から2000年の第二次インティファーダまでの7年間でガザ地区はイスラエルから隔離され、前代未聞の失業と貧困が蔓延していました。オスロはイスラエルによる占領を終結させるのではなく、別のかたちで占領を維持・強化しようとしたにすぎません。」

こうした構造的な問題について、ロイさんは具体的な数字をたくさん使いながら示していきました。「和平プロセス」のもとにあった1993-2000年にどれだけ占領地での生産力が下落し、所得が下落し、失業率が上昇し、逆にどれだけの土地が収奪され、ユダヤ人入植者が増加したのか。地域や経済部門別の数字にも言及していました。そしてその封鎖による政策的な経済崩壊に対して、代わりに国際社会がパレスチナを「援助漬け」にしていきました。世界の経済大国が和平体制支持という美名のもとに援助のスポンサーとなっていったのです。しかし実はこれこそが、パレスチナの発展と独立をどんどん阻害し、イスラエルの占領体制を支えているのです。

いまイスラエルの攻撃が一段落したガザ地区に対して、「復興支援」が進められています。「たしかにあの悲惨な状況から人びとを助けなければなりません。しかし、根本的な問題は、軍事占領であり、政治問題です。」ロイさんは、「占領下で真の復興などありえない」として、日本も含めた大国が共犯関係になっている見えない占領体制の問題の根深さを強調しました。オスロ体制を支持してきた国際社会の責任が大きく問われています。イスラエルによるガザ攻撃が一旦終息したかに見えるいまこそ、この問題を反省すべきときだと思います。

(さらにこの問題を知りたい方は、小田切拓「「和平」プロセスが平和を遠ざける」『世界』2008年10月号などをご参照ください。)

ユダヤ人としてイスラエルを批判する

ロイさんのご両親は、第二次大戦中のホロコースト(ナチスによるユダヤ人の大量虐殺)の稀有な生き残りです。ナチスの収容所からの解放後、ご両親はユダヤ人国家としてのイスラエルにではなく、アメリカに渡りました(収容所を共に生き抜いた、お母さんの妹はイスラエルへ向かいました)。
 ロイさんは、イスラエルが占領や差別を正当化するのにホロコーストを利用するのが許せないと言います。彼女は、ユダヤ教的価値を重んじる一方で、イスラエルの占領政策を非難しています。それは、まったく矛盾しないのです。

ロイさんは、今回のイスラエルによるガザ攻撃の中、以下のように発言されました。

「私たちは、自分たちが虐げているパレスチナ人と、いかなる人間的なつながりをも拒絶してしまっています。結局のところ、私たちの目指すところは、痛みの同族化、すなわち人間的な苦痛の範囲を自分たちユダヤ人だけに狭めることなのです。しかし、私たちが『他者』を拒絶することは私たちを無に帰してしまうでしょう」

「ユダヤ人の知識人たちは、ほとんど世界中の人種差別・弾圧・不正義に反対していますが、イスラエルが迫害者である場合はそれらに反対することがいまだにできていません」

「ガザ攻撃におけるイスラエルの勝利は、払うべき犠牲の大きい、割に合わない勝利です。それは、イスラエルの力の限界とともに、ユダヤの民としての私たちの制約をも浮き彫りにしています。すなわち、私たちが他者との壁を設けることなしに生活することができない、という制約を、です。これらのことは、ホロコースト以後のユダヤ人の再生の限界を意味するのでしょうか。」

(早尾)

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投稿日:2009年06月04日(木)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=34