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オリーブオイル石けん サラダ オリーブオイル工場オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』63号 訪問の感想

『ぜいとぅーん』63号 2018年2月28日発行

岩本薫美子さんより

早起きをしてホテルを出ると、真っ赤な朝焼けが旧市街のモスクの塔に映えて、それはそれは美しく、一同思わず声をあげた。

パレスチナ2日目、東エルサレムからイドナ村へ。あの色鮮やかなパレスチ刺繍を生んでいる女性たちのいる場所だ。初めて出会うアラブの人たちは、目鼻立ちのはっきりした美男美女が多い。でも気取りなど全くなく、みんな人なつっこくてオープンな笑顔を向けてくれた。

イドナ村を散策していると玄関から店先から、車の中から、絶え間なく声がかかる。子供が多い。

事務所の玄関を入ると、整然とした事務所の奥に、刺繍商品を収めている倉庫棚があり、わたしたちの到着ととも扉を開けてくれた。宝箱の蓋を開いたときのようなわくわくする気持ちでいっぱいになりながら、気に入った商品を手に取り、机に並べていくと最後には山になっていた!

日本にいる人に、わたしが見て感じたパレスチナの話をするときに、写真を見せたりしながら、こうした優れた伝統品もどんどん紹介していきたいと思う。

  お昼ご飯。パレスチナの伝統的なおもてなし料理マクルーベと、お手製ケーキやアラブコーヒーをお腹いっぱいになるまでいただき、昼寝をしたいのをガマンして(笑)、わたしは二胡を弾かせていただいた。

石造りの部屋に音が共鳴して心地よい。玄関から近隣の子どもたちが、足をとめ、顔だけ覗き込んで、聞いてくれていた。わたしはアラブ語もできないし、二胡を弾く技しかないので、二胡で音楽交流をしているときが一番幸せを感じる。音には思いがのる、パワーがある、と信じでいるので、わたしはこの時も、「どこにいても、あなたたちを思っています。わたしにできることはすぐ行動に起こします」、というメッセージを込めて弾いた。

音楽活動をしていくかたわら、これからも積極的にパレスチナ・オリーブの商品を紹介して広めていきたいと強く思う。

岩本章弘さんより

今回初めてパレスチナの地を訪れました。

事前のレクチャーから、空港での入国審査やパレスチナ自治区に入る検問の厳しさを覚悟していたのですが、なぜか奇跡的に待ち時間もなくポイントを通ることができ、いささか拍子抜けするほどでした。でもそのおかげで、貴重な滞在時間を無駄にせず多くの経験ができました。この幸運はアラーの神のご加護と感謝すべきかもしれません(笑)。

滞在10日間で刺繍組合、オリーブオイルやオリーブ石けん工場を見学&交流する間、エルサレムにナザレ、ベツレヘムなど名だたるキリスト教の聖地も見学でき、感慨深い滞在となりました。

パレスチナの地が肥沃で魅力的な土地であるがゆえに、民族や宗教が錯綜し、数千年にわたって争いの絶えない場所とならざるをえなかった歴史も実感できました。

皆川さんが20年以上大変な経験をしながらこの地に通っているのは、彼女自身もその不思議な魅力に魅せられてということもあるのでは、とふと思いました。

パレスチナに行って、たくさんの悲しい事実を知りました。分離壁や入植地などの建設で少しずつ少しずつ実に巧妙にパレスチナの人たちの生活圏が狭められていること。その結果今では、もともとの”パレスチナ”(第一次大戦後イギリス委任統治期のパレスチナ:いまのイスラエルとガザ地区・ヨルダン川西岸地区を合わせた地域)に占めるパレスチナ自治区の割合は、わずか10%あまりになっていること。また難民キャンプでは夜ごと若者たちが些細な理由でイスラエル兵に連行されていること、などなど。

残念なことですが、イスラエル国家は自分たちのやり方に反対するパレスチナの人たちをどんな手段を使ってでもゼロにしようとしているんだ、と確信しました。

この事実に対し、私たちはあまりにも無力で、できることもあまりに微力です。

でも何もしないで後悔したくはありません。わたしはパレスチナに「奇跡」が起きることを信じてこれからもパレスチナのためになるアクションを起こしていきたいと思います。まずは、皆川さんのパレスチナ・オリ
ーブの商品を応援していくこから始めます。

追記:今回の訪問で、アラブの人たちや文化(料理も含めて)をもっと知りたいという思いが強くなり、早速アラビア語講座に通い始めました。 いつかパレスチナを再訪し交流を深めていきたいと思います。インシャアッラー

山口勝則さんより

パレスチナ自治区へ行ってきました。

表には出てこない世界の構造を調べていくと必ず出てくるユダヤと言うキーワード。そしてそのユダヤ人の国イスラエルに占領され迫害を受けているパレスチナと言う土地。いつかその現状を自分の目で見たいと思っていました。

その機会は昨年の秋に突然巡ってきました。例のトランプ発言の余波もあり情勢は荒れており、かなり悩みましたが思い切っての渡航。やはり来てよかった、と強く感じました。

本や映画やサイトなどを沢山見て普通よりは詳しいと自分では思っていましたが、本当は何も分かっていなかった。その地に立ち、空気を吸い飯を食い人と話さないと分からないことがあるんだと改めて感じた旅でした。

僕が見たものはほんの一部だと思います。でも現地で感じたことは事前に手に入れたどの情報よりも大きかった。

パレスチナと言うとテロリストが多く、いつも紛争をやっている、と関心がない方はこんなイメージを抱いています。ところがそんなことあるはずがなく、どの街も一見すると平和で活気があり人の笑顔に溢れています。 家族の絆は日本より強く感じました。

しかし暴力や死、差別や分断を身近に感じるのも事実です。

僕らの旅行中は奇跡的に何も問題が起こりませんでした。悪名高い検問所も難なく通過することができました。しかし日本へ戻りこの文章を書いている時点で、訪れた三つの街でパレスチナ人が射殺されたり、逮捕されたり、家を破壊されるという事態がおこっています。普通の暮らしが一瞬で壊されていきます。

パレスチナでは日々誰かが拘束されています。100人を殺すとニュースになり国際的な批判を浴びますが、ひとりづつ殺すとニュースにもなりません。そんな形で次々と人命が奪われています。

自分たちの土地や仕事や人生や尊厳を奪われ、面と向かって反抗すると射殺される。まともな警察・裁判機構があるはずもなく、メディアに訴えても大したニュースにはならない(世界の主要メディアはユダヤが握っています)。

デモに参加した子供が投石しただけでも逮捕されてしまう。睨まれた地域は深夜に度々イスラエル兵が押し入り嫌がらせや尋問を行い拘束する。

こんな状況下でひとは皆黙ってしまうか、全てを奪われた人間の一部は武装組織に属しテロ活動に向かってしまう。

それがパレスチナの現状。

わくわくすること、腹の底から笑えること、温かくてほっこりすること、目頭が熱くなること、忘れてはいけないこと、決して許してはいけないこと。

短い旅だったのに僕の頭の中でいろんな感情が渦巻きます。もう占領前の状態には決して戻すことは出来ないだろうと感じるかの地。僕たちには何ができるんだろう。

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投稿日:2018年06月11日(月)
この記事のURL:http://paleoli.org/?eid=273