9月からオリーブ石けんが新しくなりました。

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』61号 訪問報告 独立労組「マアン」

『ぜいとぅーん』61号 2017年3月25日発行

 シンディアナは、主にイスラエルとエルサレムのパレスチナ労働者を支援する労働組合のマアンと連携して活動しています。

  今回は、マアンのバカー・ガラビーヤ村の事務所を訪問しました(このほかに、ハイファやエルサレムに事務所があります)。バカー村の分離壁に連れて行っていただいたり、マアンの組合員のお宅に招かれたりしました。

 

バカー・ガラビーヤ村

  バカー村は、グリーンライン(1948年停戦ライン)で村が東と西に分けられてしまいました。イスラエル側がバカー・ガラビーヤ村(西バカー村)、ヨルダン川西岸地区がバカー・シャルキーヤ(東バカー村)となりました。しかし、両方を行き来することもできたので、バカー村は、多くの商店が並ぶ通りがあり、賑わっていました。ヨルダン川西岸地区の方が、多少は物価が安いこともあり、ガリラヤ地方やワディ・アーラ地方の人は、ジェニン(ヨルダン川西岸地区北部の町)に買い物に行ったりもしていたそうです。

  これが、2002年から分離壁が建設されると、一変します。バカー村の商店街は潰されました。村人以外は、分離壁の検問所を行き来することができず、また、村人も限られた時間だけの通行となっています。

 

スタッフ、活動

  マアンの基本的な活動は、労働条件の整った仕事の紹介と労働条件の改善(現場に行って解決を図る)ですが、他に村の女性たちに向けて、エンパワーメントを目的とした活動もあれこれ行っています。

 「バスケットコースは人気で順番待ち、ヨガも喜ばれた、絵画コースもある。」「女性がリラックスする場が必要、それによって、積極的なエネルギーを持てる」とスタッフのアマーニさんが話してくれました。マアンで働き始めて3年の若い女性。テルアビブ大学で心理学と社会学を学んだそうです。バカー・ガラビーヤ村の住民です。

  もう一人のスタッフ、ワファさん(コフル・カラ村在住)はスタッフとして働いて10年以上になります。建築現場で働いていた夫のヌールさんが背中を痛めて働けなくなり、ワファさんはマアンの紹介でユダヤ人の農場で働き始め、その後、マアンのスタッフになりました。

 

マウザさんの暮らし

今回、バカー・ガラビーヤ村に近いヤマ村(イスラエル内のパレスチナの村)のマウザさんのお宅に招かれました。

  マウザさんは、分離壁の向こう側、ヨルダン川西岸地区の村出身で19歳のときにヤマ村の人と結婚して移り住みました。4人の子どもがいるお母さんです。いま、イスラエル内のパレスチナ系市民としてID(身分証明書)を持っていますが、IDの番号でヨルダン川西岸地区出身ということがわかるようになっているそうで、他の人よりセキュリティチェックが厳しいそうです。

  4年前にマウザさんの夫が病気で働けなくなり、マウザさんがユダヤ人農場や掃除の仕事を始めました。しかし、遠方のユダヤ人の町に働きに行く交通手段もないし、いい仕事もない。マアンを通じて、テルアビブの専門学校の掃除の職を得て、いま、5人の女性たちで車を乗り合わせて通っています。朝4時にヤマ村を出て、5時からから13時まで仕事。週休2日だけれど、休日(金曜)出勤すると、4時間勤務で8時間分の給料(つまり通常の2倍の賃金)になると言っていました。

  給料も良くて短時間で、こんな好条件で働いている人たちは他にいない、と言っていました。これがいい例になればいい、と。昨年、テルアビブのカフェでパレスチナ人による銃乱射事件があり緊張が高まった時も、大学の玄関に彼女たちの名前を貼り出し、彼女たちは仕事で専門学校に来ている、ヘイトスピーチなどしないように、と周知され、嫌がらせ等は受けなかったそうです。さらに、いま、仕事の後に週1回、無料でヘブライ語も教えてもらっています(学校でヘブライ語を習うものの、村の女性たちは、ヘブライ語の読み書きは苦手な人が多いです。でもヘブライ語ができた方が契約書もきちんと読めるし、と言っていました)。

  片道1時間の通勤で、朝4時出発で8時間労働というのは、子育てをしながら決して楽なことではないはず。「パレスチナ人だからと言って嫌がらせを受けない」というのは、本当は当然のことなのに、これが「好条件で超ラッキー」という状況なのです。

  実は、マウザさんの息子さんの一人は求職中。2年働いたラマットガン(テルアビブ近郊のユダヤ人の街)のレストランで、シェフに嫌なことを言われて殴って辞めた、と言っていました。家の裏では、羊・牛・山羊を飼っていて、それはもう一人の息子さんが世話をしているそうです。子羊もいて可愛かったです。

そして、家畜小屋の向こうには、一面、花が咲いたアーモンド林が見えました。「今回見たアーモンドの林の中で一番広くてきれいだね」なんて話していたら、「そこはキブツ(ユダヤ人農場)の畑」というオチでした。

 いい表現が見つかりませんが、シンディアナやマアンを通じて出会う女性たちは、たくましいなあ、自分に自信を持っているなあ、と感じます。

 

 

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投稿日:2017年04月28日(金)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=181