9月からオリーブ石けんが新しくなりました。

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』59号 訪問報告「ガリラヤのシンディアナ」

『ぜいとぅーん』59号 2016年6月17日発行

 4月中旬の10日間、パレスチナの生産者を訪問しました。

1995年に初めてパレスチナを訪問して以来、ほぼ毎年訪問・滞在していますが、4月に訪問したのは初めてです。いつもと違う風景、市場のお野菜・果物を見て、初めて来たことに気がつきました。  

    パレスチナは、10月中旬〜4月中旬が雨季、4月下旬〜10月上旬が乾季のため、4月中旬は乾季の終わり、春の終わりという時期で、私の滞在中はまだ雨が降っていました。もっとも緑が濃い季節で、野生なのか植えてあるのかわからないほど、様々なハーブが茂り、花が咲いていました。気温は、到着した日が最高気温が35℃という異常な天気でしたが、他の日は最高気温が20~30℃という穏やかな気候でした(日によって気温が乱高下でしたが)。

*現在、イスラエルの総人口の約800万人のうち、約20%の165万人がパレスチナ人。その多くがガリラヤ地方やワディ・アーラ地方に住む。「アラブ人」と呼ばれることも多い。

*ヨルダン川西岸地区:1967年よりイスラエル被占領地。1993年の暫定自治合意以降、多くの町や村はパレスチナ自治政府の管轄となったが、ヨルダン渓谷地帯など(面積で60%)はイスラエル軍の管理下に置かれている。西岸地区のパレスチナ人人口は約280万人。ユダヤ人入植者は約50万人。

*ガザのパレスチナ人人口は約170万人。このほか、世界各国に約540万人のパレスチナ人が住んでいる。

「ガリラヤのシンディアナ」

    訪問時は、オリーブの花の季節でした。 シンディアナのプロジェクト林でも、小さな白い花がたくさん咲いていました。少し雲の浮かんだ、でも雲の合間は真っ青な空。緑のオリーブ林。オリーブ林の間に植えられた、収穫直前の小麦。ところどころに顔を見えているピンクのあざみの花。本当に美しい風景です。  

    ちなみに、たわわに実った小麦は、茎ごと牛の餌になりました。オーガニックの小麦、牧草を食べる牛、、、とても健康そうです。

チームワーク!

  今回は、ちょうど、オリーブオイルのボトル詰めからダンボールに入れるまで、チームワークばっちりの作業中でした(参照:表紙写真)。

アーヤさんが、タンクから管を通って送られてくるオリーブオイルをボトルに詰める。→ シュリーンさんが機械でボトルの蓋を閉める。→アイーシャさんが、ボトルの表面を綺麗に拭く。→ジュマーニさんがラベルを貼る。 ナーシラさんがダンボール箱に詰めていく。 ほかに、タンクの様子を確認したり、片づけたりの仕事をワフィーエさんがしていました。  

  その日の作業手順を決めたりする作業チームのリーダーはモナさん。同じ作業場に彼女の机、パソコンがあります。  

 コフル・カナ村にあるシンディアナの事務所・倉庫でオリーブオイルのボトル詰めの作業などを行っている女性たちは7人。そのうち5人はフルタイム、2人はパートタイムです。ワフィーエさんが、シュリーンさんを紹介しながら「彼女はパートタイムなの。あなたがもっと注文してくれたら、フルタイムになれるわ」と冗談を言って笑っていましたが、でも 、本当だよなあ、と思いました。

機械化?

   シンディアナが始まった直後の1998年、まだ倉庫・事務所もコフル・カナ村ではなく、マジダ・ル=クルム村にあった頃。オリーブオイルのボトル詰めは、大きなタンクの蛇口から直接ボトルに入れ、手で蓋を閉めていました。

 その後、出荷量が増えて、蓋閉め機械を購入しました(1本ずつボトルを設置し、ボタンを押します)。今後は、ラベル貼り機械の導入を検討中。運営スタッフのオリートさんは「時代に合わせていかなければ置いていかれるわ!」と言っていました。最初から機械を買い込んで借金するようなのはよくないと思いますが、シンディアナも発足から20年近くなり、少しずつ生産体制が整っているように思います。機械化されて、人手がいらなくなっていくのはどう考えるか、という問題もありますが、検討中のラベル貼り機械も手動のようですし、機械化して人を減らす、ということはなさそうです。

ビジターセンターのオープン!  

 通信56号で「コフル・カナ村のシンディアナの事務所・倉庫の上階が空いたので、オリーブオイルのテイスティングもできるようなお店を開き、観光のツアー客にも寄ってもらえるような場所にしようと、計画中です。」と書いたビジターセンター。昨秋にオープン、思い描いたような場所になっていました! しかも、すごく素敵に。  

 リサイクル木材を活用。試食を出せる小さなキッチン。シンディアナの製品だけでなく、他のパレスチナ人工場の加工食品・スイーツも置ける広い販売スペース。ワークショップを開ける部屋、、、。

ツアー客  

 このビジターセンターは常時開けているのではなく、団体客が来た時に開けます。国内外の訪問グループの受け入れのほか、一般のツアー客の受け入れも始まっていました。  

 1年余前「一般の観光客も呼び込みたい」と聞いた時には、半信半疑でしたが、村の商工会議所でプレゼンしたり、あちこちに働きかけて実現していました。

*「カナの奇跡」  
コフル・カナ村は、ナザレから車で10分ほどの場所にあり、クリスチャンとムスリムが暮らすイスラエル領内のパレスチナの村です。イエス・キリストが婚礼で水をワインに変えたと言われる場所で3つの有名な教会があり、巡礼・観光のツアー客が絶えません。しかし、ツアー客はナザレのついでにカナの教会に寄り、カナの村は素通りして(レストランに寄ったり、ホテルに泊まったりすることはなく)ティベリアなど次の観光スポットに向かいます。

 私が訪問した時には、ちょうど約50人ユダヤ系イスラエル人の観光客が来ていました。 平日なので年配の人が多かったです。 まずは試食&お買い物。アラブコーヒーを出しパンを用意して、オリーブオイルや、ザータル、キャロブ・シロップを味見してもらいます。  

 次に、ワークショップ用の部屋に移動。シンディアナの活動をまとめた映像を見てもらい、ダニさんとハナーンさんが活動の説明をします。そのあと、ハディールさんが、オリーブオイルの説明をし、みんなに簡単にテイスティングの体験をしてもらいます。そして、シンディアナの製品を改めて説明。

*テイスティング方法  
おちょこくらいの小さい容器にオリーブオイルを入れ、右手でふたをして左手で28Cほどに温め、香りを嗅ぎます。そのあと少し口に含み、舌で転がして味わい、空気を吸い込んで風味を感じてから、飲みます(飲み込まないこともあります)。1回テイスティングをしたら、水を飲んだり、スライスしたリンゴを食べたりします。

 その後、あれこれ質問が出て、活発な話が行われていました。ヘブライ語だったので中身はわかりませんでしたが、ビジターセンターのスタッフに「質問もたくさん出ていたね」と言ったら、「イスラエル人は何でも口にするから。アメリカ人とかフランス人はシャイだけど、、、」とのこと。  

 最後にもう一度、お買い物タイム。私があれこれメモを取っていると、ツアー客の一人が「何を書いているんだ?」と訊いてきました。そして私に「ここは、ユダヤ系イスラエル人とアラブ(パレスチナ人)の共同作業の場所なんだぞ」と説明してきたので(知っているけど!)、「このビジターセンターをどう思いますか?」と訊いたら、「すべての製品が素晴らしい」との返事。

 ここでは、シンディアナの製品だけでなく、他のパレスチナ生産者が作ったゴマのお菓子などの食品、刺繍製品も扱っていますが、どれも厳選された良い商品。たしかに、そのへんのお土産やさんとは置いてあるものが違います。どの製品も作った人たちのことが書いてあるパネルを展示しています。

 試食〜最後のお買い物タイムまで1時間〜1時間半。春は観光シーズンで、このような団体客が週に2、3回来るとのことでした。このほか、アラブ料理の昼食を出したり、バスケット編みを体験できるオプションもあります。見るだけの観光ではなく、体験し、対話できるプログラムを提供できる、というメリットをスタッフは強調していました。

 ところで、このような観光客向けプログラムでは、ヘブライ語か英語で説明を行っています。つまり、ビジターセンターのスタッフはアラビア語を含めて3ヶ国語を話します! (イスラエル国籍のパレスチナ人は、学校でヘブライ語も学びます。小中高ともパレスチナの村の中なので授業そのものはアラビア語で行われます。)

スタッフ  

 ビジターセンターのスタッフは、ダニさん、ハナーンさん、ハディールさん。

 通信56号で紹介したハディールさん。2015年訪問時は、高校卒業後、通信制大学で学びながらシンディアナで働き始めたところでした。今回は1階の作業場ではなく、上階のビジターセンターで大活躍! 彼女は、1年間、オリーブオイル・セミナーで学び、いま、訪問客にオリーブオイルの説明、テイスティングなどを行っているのです。まだ20歳。今後も楽しみです。

 ハナーンさんは、小さい子3人のお母さんで、離れた村に住んでいるので通勤に時間がかかります。センターの仕事は忙しいし、子どもたちは小さいのに、綺麗好きで家の中の掃除も完璧。スーパーお母さんです。

 ダニさんはユダヤ系のイスラエル人の男性です。これまで、シンディアナは、契約農家さんは別としても、運営スタッフも作業スタッフも女性ばかりでしたが、ダニさんが入っていても違和感なし。アラビア語も流暢ですし、もともとアーティストということで、マッチョな感じがないからかもしれません。決めたらどんどん進む仕事ぶりで「ブルドーザー」と言われている、とも聞きましたが。

 ダニさんのご自宅に伺ったら、ダニさんが描いたとても素敵な絵がたくさん飾ってありました。でも、マアン、シンディアナで働くようになってからは全く描いていない、と。「忙しいから」「人生は有限だから」。残念にも思いましたが、彼は活動にエネルギーを注ぐ人生を選んだようです。

広がり  

 シンディアナの活動が始まったばかりの頃は、女性たちの職場ということもあり、村や他の人・団体との交流も多くはありませんでしたが、活動内容が広がるにつれ、多くの人を巻き込んできていることを感じました。たとえば、オリーブオイル専門家のエフードさんはスペイン系ユダヤ人。シンディアナのスタッフに「彼はシンディアナの活動・考え方にも共感しているの?」と尋ねたら、「オリーブオイルの仕事が好きなだけなんじゃないかな」という返事でした。観光客含め「普通の」イスラエル人が、パレスチナの人たちとの対等な関係について考えるきっかけになればいいな、と思いました。

 ユダヤ人もパレスチナ人も男性も女性も平等に暮らせる社会を目指す、難民の帰還権も認める、反シオニストであるシンディアナやマアンのユダヤ人スタッフのように考える人は、ユダヤ系イスラエル人の左派の中でも、ごく少数なのです。

 また、近年、軍事的な緊張だけではなく、イスラエル人によるパレスチナ人に対するヘイトスピーチ、ヘイトクライムというような緊張も高まっていて、シンディアナのスタッフに電話やメールで「大丈夫?」と度々聞くと、「外は緊張が高いけれど、シンディアナの中は平和的」という返事でした。その雰囲気も行ってみてわかりました。

独立労「マアン」の活動

 シンディアナは、主にイスラエルとエルサレムのパレスチナ労働者を支援する労働組合のマアンと連携して活動しています。

女性の活躍  

 エルサレム事務所に新しい女性スタッフのラーニアさんが加わりました。昨春にマアンと出会い一緒に活動し、7月からスタッフになったそうです。

 エルサレムは、西エルサレムはイスラエル建国時にイスラエル領となり、東エルサレムは1967年の第3次中東戦争でイスラエルに占領され、イスラエルは併合を宣言していますが国際的には併合は認められていない、という場所です。東エルサレムのパレスチナ人は税金は支払いながら、行政サービスは一部しか受けられなかったり地区にもより、複雑な状況に置かれています。

 そして、失業保険など社会保険の申請を行う事務所が、長時間の行列・大混雑で具合の悪くなる人が出るほどなのだそうです。シングルマザーで4人の子どもがいるラーニアさんは自分自身も苦労したことから、ここで申請を手伝うボランティアを一人でしていたそうです。そして、ここで労働者支援をしていたマアンに出会いました。活発なラーニアさんが加わって、いま、マアンのエルサレム事務所に来る人は女性の方が多いくらいだそうです。

 また、バカー・ガラビーヤ村の事務所などで長年マアンにかかわってきた女性たちが、村の図書館でボランティアを始めた、清掃のコーポラティヴ・ビジネスを始めた、などの新しい動きも聞きました。

労災

 建築現場などで働くパレスチナ労働者が怪我をしてもほとんど労災補償が受け取れない。最近は、この問題解決にも取り組んでいます。

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投稿日:2016年09月14日(水)
この記事のURL:http://paleoli.org/?eid=158