9月からオリーブ石けんが新しくなりました。

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』53号 ガリラヤのシンディアナ ニュース

『ぜいとぅーん』53号 2014年1月27日発行

オリーブの収穫

 オリーブの収穫は雨期に入ってまもなくの10月中旬〜12月に行われます。

 「オーガニックの近代的なオリーブ林を」とシンディアナが開墾、植樹から始めたロハ・プロジェクト。2012年冬にほんの少し収穫できたオリーブは塩漬けにしました。4年目の2013年冬、初めてオリーブオイルのための収穫ができました。オーガニック認定も取れたそうです。

 パレスチナ・オリーブへは、新シーズンも、例年通りワディ・アーラ地方のユーニスさんのオリーブ畑からのオリーブオイルが届く予定です。

シンディアナで世界に出会う

 2013年1月にシンディアナを訪問した際に出会った、ビジターセンターでカゴ編みを学んで3ヶ月というインサフさんについて、私は通信50号で紹介し、このように結んでいました。「数年後に、インサフさんがビジターセンターの運営スタッフになっていたりして、と勝手に想像してしまいました。」 そうしたら! 本当に1年してインサフさんはスタッフとして働き、村や他の場所でカゴ編みを教え始めているそうです。

 以下は、シンディアナのニュース記事の抄訳です。

* * * * *

 インサフさんは32歳で2人の息子の母親です。ビジターセンターのあるコフル・マンダ村は、この地域の中でも保守的な村の一つで、特に女性の非雇用率が高い村です。

 インサフさんは保守的な家庭に生まれました。今日60歳である彼女の母は16歳で結婚し、14人の子どもを生みました。彼女はたった1年で教育を終えましたが、読み書きは独学しました。子どもたちはみんな優秀な生徒で教師たちは中学卒業後に結婚するよりも学業を続けるように励ましました。姉妹がみな学業を継続できた訳ではありませんが、彼女は続けることにしました。

 彼女は学資を稼ぐために、2年半サフニーンにあるテフロン裁縫工房で働きました。「女の子が村の外で働くことはあまり評判がよくありません」と彼女は言います。「でも、女性を工房まで送り迎えしてくれるシャトルバスがあり、許容の範囲でした。私の姉妹も一緒に働きました。」彼女の兄たちも彼女の勉学を応援し、経済的にも支援しました。彼女にはエンジニアの兄と、ハイファ大学で数学を修めたもののまだ就職先を見つけていない兄がいます。インサフさんはマー・エリアス単科大学で経営学とコンピューター科学を学び、WIZOハイファアカデミーで学位を得ました。彼女はその学位を取ってすぐ、24歳で結婚しました。

 「私は2007年に研究を終えましたが、その後5年間は村で職を見つけられませんでした。自分の勉学に絶対的な信頼を置いた私の全ての努力と希望の結果、職が見つからないということは大きな絶望でした。村での職業の選択肢は限られています。女性なら教師や公務員、銀行員や郵便局職員になることができますが、これら職業の多くは村外の人たちでいっぱいで、私は正規の仕事は見つけられませんでした。臨時職員として週に約2時間、毎回異なる場所で働きました。私は失敗したと思いました。夫はタイベリアで働く金属工で、交通費を差し引くと最低賃金以下の稼ぎになります。私たちは借金を抱え、どうしたらこの状況から抜け出せるのか分かりませんでした」と彼女は言いました。

 村の外で働いたら?「彼らは私に村の外にある学校で経営について学ぶよう言ってくれましたが、私は自動車免許を持っていませんでした。公共交通機関はあまりないし、夫はは私が道に迷うことをよく思っていなかったし、私も怖かったです。最近免許を取りました」

 インサフさんがビジターセンター来たのは偶然でした。「私はカゴを作り収入を得るために来ましたが、それよりもっと多くのことを得ました。まず、私はユダヤ人女性や外国からの訪問者と話し合うことが大好きです。話し合うことでとても広い世界を少し経験することができます。私はフェアトレードや生計を立てるために女性を勇気づけるということを全く知りませんでした。新しい世界が開けました。私がユダヤ人女性に教えることや、気ままに彼女たちと話すこと、友情が芽生えることがあるとは思いませんでした。外国からの訪問者グループと英語で話すことが出来るとは全く思いませんでした。また私たちに興味を持っている人々がいることにとても驚きました。自分に潜在能力があるとは思っていましたが、このセンターに来るまではそれを引き出す方法が分かりませんでした。今、全てが一緒に自分の元に来ました。夫は私がこのセンターに来始めてから雰囲気が明るくなり、話題がたくさん出来たと言っています」

 

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投稿日:2016年01月10日(日)
この記事のURL:http://paleoli.org/?eid=120