9月からオリーブ石けんが新しくなりました。

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』51号 新スタッフからの挨拶

『ぜいとぅーん』51号 2013年6月20日発行

 はじめまして、井上です。4月から新スタッフとして働いています。現在は主に検品と出荷を担当させていただいております。

 私がパレスチナを知ったきっかけは9.11でした。2000年秋から2001年夏まで米国に留学しており、帰国して間もない時の衝撃的な映像とニュースに世界で今何が起きているのか、ということを理解するのに時間を要したことを覚えています。

 それまで米国とイスラエルや中東諸国との関係を知らなかった私は、米国のアフガニスタン攻撃に対して初めて疑問を抱きました。そこから中東について、また米国との関係について調べ始めました。そこでたどり着いたのがイスラエル・パレスチナ問題だったのです。

 初めてパレスチナを訪れたのは大学3年生の夏でした。きっかけはある教授からのスタディツアーの誘いでした。関東と関西から学生や研究者、活動家などが集まり10名程度で難民キャンプや大学などを訪問しました。

 今でも一番心に残っていることは、市場で品物を吟味している人やよく町会長に家族の問題を相談しにくる女性のことです。特にその女性に関して、「半分は井戸端会議的な感じで来るのよね」と相談を受けている方は話してくれました。つまり、私たちが普段ニュースで見る「火炎瓶を投げている少年」「泣き叫びながら天を仰ぐ女性」とは違う一面がそこにはあったのです。もちろんニュースでみる悲惨な状況も現実です。ただ、それだけではない、そこで生活している人々がいる、という現実を目の当たりにしました。今考えれば当たり前なのですが、当時は紛争地というイメージが先行してしまい、生活という面がなかなかイメージ出来なかったのです。

 それ以降は、なんとかしてパレスチナの人々と繋がりたいと思っていました。そして今回スタッフという形でパレスチナ・オリーブの活動に関われることを感謝しております。

編集後記

 「パレスチナ・オリーブの仲間たち」のコーナーを復活させました。復活とはいえ、10年前に数人に書いて頂いて以来なので、どなたも覚えていないかもしれませんが、、、。同じような想いで活動し、つながっている方たちを紹介したいと思っています。震災から2年以上経ちましたが、各地で、向き合っている内容は様々ながら、あきらめない人たちがあちこちにいるということを感じます。一方、沖縄の友人・知人から、オスプレイの低周波による健康被害を聞くと、放射能被曝による問題と同じことをあれこれ感じたりもします。

 甲府に来てもう2ヶ月半です。仙台より気温が10℃以上高いのにはまいっていますが、余震がないのはそれだけでもラクです。新スタッフの井上は、これまでもイベント販売やお料理コーナーを手伝ってくれていましたが、今回、東京から甲府にきてくれました。

 皆さま、移転後も引き続きご注文を頂き、どうもありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。(皆川)

 

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投稿日:2013年09月26日(木)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=104