9月からオリーブ石けんが新しくなりました。

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

『ぜいとぅーん』42号

『ぜいとぅーん』42号 2010年9月15日発行

(表紙より)

ウンム・バラールさんが農薬・化学肥料を使わないで育てた、とってもおいしいゴマを建物の屋上で乾燥中。ガリラヤのシンディアナの「ザータル(ザアタル)」に使います。

8月はゴマの収穫時期。刈り取って束にした後、4〜6週間、天日で乾燥させます。 もともとパレスチナ地域はゴマ栽培が盛んでしたが、他の作物同様、ガリラヤの農家にはイスラエル政府による何の助成もないまま、関税無しで輸入された安い海外のゴマが市場に出回り、ゴマ農家も減ってしまいました

 

イドナ村女性組合の新商品が入荷しました!色合いがとても素敵です。クッション入り。

全面刺繍のマルチケース
縦8cm、横22cm、底幅4cm
色:ペールピンク、サーモンピンク、ピンク、オレンジ
→写真はパレスチナ・オリーブのサイト

 

(本文より)

この9月2日、クリントン国務長官を挟んで、ネタニヤフ首相とアッバス大統領が握手している映像の生中継(BBC)をたまたま観て、1993年9月、クリントン大統領に促されラビン首相とアラファト議長が握手したのもたまたま生中継で観たことを思い出しました(オスロ合意)。しかし、今回の直接交渉再開は、現地の人々だけでなく、政治家本人たちでさえ進展を期待していないように思います。

オスロ合意からの懸案というより、オスロ合意後にむしろ加速した入植地建設。イスラエルの歴代首相は誰も止めようとはしてきませんでした。

イスラエルは昨年11月に、10ヶ月の期限限定でヨルダン川西岸に限り新規の入植住宅建設停止を決め、その期限は9月26日となっています(アメリカとパレスチナはエルサレムを含む全面停止を求めています)。実際のところは、凍結期間直前に工事が始められたという名目などで、「凍結中」の現在も西岸地区で約2000戸の建設が続いているそうです。現地ではいつでも入植地は建設・拡大していて、「凍結」は全く感じられません。

それでも、入植地建設「凍結」を続けるかどうか、ネタニヤフ首相は、連立政権の枠組みにかかわる、難しい政治的立場に陥っています。

一方、パレスチナ人の住宅がイスラエル占領当局に破壊され続けています。とくに、この2、3ヶ月ほどの間にヨルダン渓谷(西岸地区)における家屋破壊が急速に進んでいます。

アル・ファリシーヤ村では、7月19日に23軒の家屋がイスラエル軍によって破壊され、さらに8月5日、主に前回の破壊で家を失った人々が住んでいた27張のテントが再び破壊されました。この2回の破壊によって135人のパレスチナ人が住居を失ったそうです。また、破壊されたのは住居だけでなく、家畜用の小屋なども含まれ、人々は生計の手段までも奪われています。

 →詳しくはこちら(ヨルダン渓谷連帯委員会日本語サイト)

 

今年の2月に訪問した時、エルサレム旧市街で自分のオリジナル作品を扱う陶器屋さんに「平和は来ると思うか?」と訊かれました。彼のおじいさんが1928年頃に沿岸部の町から旧市街に移住し、彼はエルサレムの生まれ育ちだそうです。子どもの頃、お父さんに「平和は来るの?」とときどき質問し、お父さんは「平和は来ない。難しい」と答えていたそうです。いまは、自分が子どもたちに向かってそう話す立場になった、と言っていました。

下手でもアラビア語を話していると「どこで習ったの?」とよく訊かれます。「ここ、パレスチナで」と答えたとき、エルサレムのタクシー運転手(パレスチナ人)は、「パレスチナ、どこ??ここには、もうイスラエルしかないよ、、、」と、ため息をつきました。一方、彼の娘さんがいま、ビルゼイト大学(西岸地区)の法学部で勉強しているそうです。彼に限らず、政治的な将来は見えない中で、家族の幸せ、生活を追うしかない状況があります。ラーマッラー近郊に住む友人は「いま、人々は内向きで自分たちの生活で手一杯。助け合いが無くなったとは言わないが、少なくなった」と言っていました。

内向き、ということは、他でも聞きました。自治政府に信頼がなく、リーダーが見いだせないことも一因でしょう。このような中、地域に根ざした活動をしている生産者団体の活動は貴重だと思います。パレスチナは夏休みやラマダーンだったので、生産者報告は次号の『ぜいとぅーん』でします。

 

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投稿日:2011年08月08日(月)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=68