日本オリーブオイルソムリエ協会主催の国際コンペで銀賞を獲りました!

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

28号(2007年2月20日発行)
  1. 商品ニュース

    4月上旬に、新シーズンの商品がまとめて入荷する予定です。

    オリーブオイル

    オリーブオイルの入荷が予定より大幅に遅れて在庫の品薄状態が続き、ご迷惑をおかけしています。

    ガリラヤ地方でも収穫の早い、ダルフール村のマサルーハさんのオリーブオイルを1月末に臨時で少量入荷しましたが、皆様にお知らせする前に売り切れてしまいました。収穫・圧搾後すぐにボトル詰めしたので、いつもより白っぽい澱が多いのですが、香りがよく、とてもおいしいオリーブオイルでした。

    これから届くのは、いつものデイル・ハンナ村のアベッドさんからのオリーブオイルです。アベッドさんのオリーブオイルの「ガリラヤのシンディアナ」への運び込みが遅れたことなどが出荷の遅れの原因です。シンディアナでは、1台しかないワゴン車で、農家にオリーブオイルを取りに行ったり、サンプルを検査に出しに行ったり、さらに石けんやザータルを取りに行ったりと走り回っています。分離壁の建設が進む現在、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)から石けんやザータルをガリラヤ地方に運ぶには、貨物用の検問所で商品を受け渡して荷物を積み替える必要がありますが、順番待ちで時間がかかりますし、無駄足を運ぶこともしばしばです。

    スタッフの女性たちみんなで一生懸命ボトル詰めしているというので、「みんな疲れている?」と聞くと、「みんなくたくただけど、オリーブオイルが美味しいからハッピー」だと返事がありました。ワインのように、同じ土地でも、気候などで毎年風味の変わるオリーブオイル。今年は、「信じられないほどにおいしい」ので、もうしばらくお待ちください。

    、、、と書いているうちに「ハイファ港は嵐で遅れが出ている上に、港湾労働者がストライキ中!」という連絡も入りました。毎年、何かが起こります。最善を尽くしておりますので、ご理解ください。

    キャロブ・シロップ

    昨年4月に限定入荷し、数ヶ月で売り切れてしまったキャロブ・シロップ。皆様からは、「滋養に満ちた味、コクがあって少量でもOK」「ちょっと苦みがあって、でもとても甘い」など感想を頂きました。ヨーグルトやパンにつけて食べるとおいしいです。お待ちいただいていた皆様、今年もヨルダン川西岸地区のジェニン女性栽培・生産組合から500本限定で入荷します。

    ナツメヤシの枝で編んだカゴ

    昨年から始まったプロジェクト。新しい形の製品を作ったり、価格を改訂したり、まだ発展中です。固くてしっかりした造りですが、グレーのオリーブの枝を模様に編み込んでみたり、制作者がそれぞれセンスを生かした「アート作品」にもなっています。ナツメヤシの枝の節がなんともいえず、味わいがあります。今回は小さめのカゴが入荷します。

    *このほか、ザータルも入荷します。

    オリーブ石けん

    オリーブ石けんのほか、オリーブ石けんセット(4種)も定番で扱い始めました。一番人気はオリーブ石けん<死海の泥>です。オリーブ石けん<ミルク>、オリーブ石けん<ハチミツ>、オリーブ石けん<レモン>については、「香りがいい!」という方と「香りが苦手」という方に分かれています。

    今までのオリーブ石けんも、環境のいい新工場に移って作ったもので「しっとり感が増した」という感想を頂いています。

    イドナ女性組合の刺繍製品

    新リーフレットにも掲載している、エプロン、ハーフエプロン、コースター、しおりは定番商品として、在庫を切らさないようにしています。前号で紹介した携帯ストラップも人気につき、追加注文中です(在庫も少しあります)。薄茶色の生地に刺繍してあるのがおしゃれです。お買い上げの皆様の中には、ペアで使っている方もいらっしゃいます♪

    表紙写真はパレスチナの地図の刺繍です。48年占領地(イスラエル)を含む、歴史的パレスチナと言われる地域の町の名前や特産物が刺繍してあります。想いのこもった大切なものですが、注文生産で販売できるように準備中です。柄や文字は少し変更する予定です。(約40cmX80cm 予定価格6300円)

    パレスチナでは、刺繍は主に衣服に使われてきました。地域ごとに、特徴的な色合いや柄があります。特に中部・南部で盛んです。壁飾りにも使われ、鏡のふちに刺繍があるものもよく見かけます。家の玄関にはアラビア語や英語で「ようこそ」という文字の刺繍も飾ってあります。

    今では祖父母の世代のパレスチナを想い起こす象徴にもなっていて、オリーブの木の刺繍や地図の刺繍が家に飾られたりしています。


    ナーブルス石けん工場ニュース

    2月半ばに電話で聞きました。

    石けん工場の状況

    「相変わらず週に3日くらいの操業が続いている。出荷が大変なので注文が少ない。特にガザ地区には以前は販売できたけれど、いまは出荷がとても難しい。石けん代金と同じくらい輸送コストがかかってしまう。3000ドルもかかるんだ。1日で行ける距離なのに検問所で待たされたり積み替えたりして1ヶ月もかかるからだ。3000ドルあったら、船で日本に送れるだろう?

    シンディアナに送るには、まず、3つの検問所を通ってから分離壁(トゥルカレム付近)の検問所に送る。パレスチナの車はイスラエルには入れないので、検問所で荷物を積み替える。」

    「4種類の石けんセットが評価されたこともあって、海外のフェアトレード団体への出荷が少し増えてきた。

    私が持病で背中が痛いので、数年前からドバイで働いている二人の弟のうちの一人がナーブルスに帰って石けん工場を手伝ってくれる。彼は、ドバイでフィリピン女性と結婚して夫婦でナーブルスに来るんだ。」

    ナーブルスの状況

    「(給与未払いのため)半年間ストライキをしてきた政府機関・自治体が、ようやく2週間前に再開したけれど、仕事は山積みで、まだ機能していない。全てが遅れている。例えば、子どもが生まれても出生届を受理したり、IDカード(16歳以上が携行)の発行することさえきちんとできていない状況だ。

    特にナーブルスとガザでファタハとハマスの対立が激しくて毎日のように路上で抗争があるので、おちおち町も歩けない。人々は、イスラエル軍だけでなく、パレスチナの武装集団のことも恐れている。生活への影響も大きい。ファタハとハマスがイスを争っている間に、占領下で我々がすべてを失っている。」

  2. パレスチナ・グッズ

    パレスチナ・グッズ

    パレスチナの商店のなかには、地元向けや外国人向けにパレスチナ・グッズを集めたお店があります。

    パレスチナの土地・国旗

    定番はキーホルダーやネックレス。パレスチナの土地の形を国旗の色(赤/黒/白/緑)に塗り分けたものがよく売られています。オスロ合意以前、イスラエル軍によって旗を掲げることを禁じられていた時期もありましたが、国旗のデザインをあしらったグッズはいまではもっともポピュラーな商品です。

    また地元のパレスチナ人の若者たちは、銀やアルミやオリーブの木でできた、パレスチナの土地をかたどったネックレスを日常的によく身に付けています。

    各政党のアピール

    2006年1月には、激しく競ったパレスチナ議会選挙があったため、その前あたりからは、「ハマス」や「ファタハ」や「PFLP」といった各党派のアピールとなるようなグッズがたくさん店先に並ぶようになりました。アラビア文字で「ハマス」や「ファタハ」という文字を彫り抜いた木製のキーホルダーや、あるいは、各政党の旗の色を背景にして党の顔となる人物の顔写真を入れたバッジなど。すでに亡くなったアラファト(ファタハ)やヤシン(ハマス)といった指導者の肖像が使われることもあります。

    もちろん各お店のオーナーや店員の個々人に支持政党はあるものの、どこのお店にもすべての党派のグッズが揃っていて、どれでも買うことができます。聞けばオープンに「自分はファタハ支持だよ」などと言ってくれます。

    人気キャラクター:ハンダラとチェ・ゲバラ

    著作権なんて誰も気にせず(?)お店にあふれるのが「ハンダラ君」。Tシャツ、キーホルダー、ペンダントヘッド、ネックレス、グリーティングカード、などなど。

    ハンダラ君は、パレスチナ人の風刺画家ナージー・アル・アリー(ナザレ生まれ。1948年にレバノンに逃れ難民キャンプで育つ)によって描かれたキャラクターです。レバノンの難民キャンプに住む貧しい10歳の少年という設定で、10歳より成長せず、いつも後ろ向き、両手は背中で組まれています。髪の毛はハリネズミの棘のようで、足は裸足。パレスチナに戻って、自由と尊厳を取り戻したときに、初めて前を向き成長する、とされていました。

    ナージー・アル・アリーの風刺はクウェートやレバノン、ロンドンのアラブの新聞紙上に掲載されていました。イスラエルや国際社会に対して、時にはPLO(パレスチナ解放機構)の幹部に対しても鋭い批判を投げかけていましたが、1987年にロンドンで何者かに暗殺されました。しかしハンダラ君は、いまでもすべてのパレスチナ人に愛されているキャラクターとして人気です。

    ハンダラ君に次いで人気なのは、南米の共産主義革命家チェ・ゲバラです。ここ数年、ファッションとして世界的なゲバラ・ブームが見られますが、パレスチナではもう少し政治的な共感を込めて、ゲバラの顔があちこちに使われています。

  3. ハマスとファタハは内戦状態なのか?

    この1月で、ハマス内閣を誕生させた昨年のパレスチナ議会選挙から丸一年が過ぎました。ここ二ヶ月ほど、そのハマス勢力と、それ以前まで政権の座にあり、いまでもアッバース大統領を擁するファタハとが、激しい武装抗争を続け、60人にも達する死者を出す事態になりました。それについての新聞報道は、「内戦の様相」と評するものばかりです。でもこれを「内戦」と呼ぶ前に、何が本当に問題なのかを考えなくてはなりません。

    一年前の総選挙は国際的な選挙監視のもとで行なわれた民主的なものであったにもかかわらず、イスラエルもアメリカや日本やEU諸国も、ハマス内閣を代表と認めず、パレスチナ自治政府に対して事実上の経済制裁を科し、すぐさま深刻な困窮状態を招きました。公務員の給与不払いが続いたり、今まで無料だった教科書が有料となり教科書を買えない家庭が出て来たりしています。選挙でハマスを選んだパレスチナ人全員が悪いという論理で、世界が集団懲罰を行なったのです。まずここに民主主義を自ら否定する先進諸国の矛盾があります。

    次に、なぜハマスを排除するのかを考えると、端的にハマスが1993年のオスロ合意を認めないからです。オスロ合意は、ファタハを中心とするPLO(パレスチナ解放機構)とイスラエルとが「相互承認」をした和平合意であり、ハマスはそのPLOに参加せず、つまりイスラエルを承認していません。オスロ合意の内実は占領を終わらせるものではなく、「とにかくイスラエルを承認せよ、代わりにPLOがパレスチナ人の代表であると認めてやる」というものでした。それに対してハマスは、占領の終結(例えばユダヤ人入植地の撤去など)がまず先であり、イスラエル承認はその後という立場であり、選挙でのハマス勝利も、民衆のオスロ合意への幻滅とファタハ批判の結果でした。

    しかし国際社会は、このオスロ合意の土台の上でしか交渉をしようとしません。イスラエルや欧米は、露骨なファタハ支援を始めました。湾岸諸国などからの海外送金を規制するなどしてハマスの資金源を断ち切るとともに、イスラエルが代理徴収したパレスチナの税の自治政府への引き渡しを停止して自治政府の収入源を断ちました。他方でイスラエルとアメリカは、アッバース大統領個人に資金援助を行なったり、ファタハの武装組織に武器供与を行なっています。経済的恩恵はファタハ周辺にしか行き渡らず、そして与えられた武器でハマスと闘うように促し、またこうしたファタハ援助を公然と行なうことで、ハマス側のファタハへの不信感も誘発させる。つまり、内戦は仕組まれたものなのです。もちろん、そうした構造がわかっていながら、止めることができないパレスチナの組織にも問題はあるのですが。

    2月半ば、サウジアラビアの仲介で、ハマスとファタハの連立内閣の協議が行なわれました。大筋で合意に達したようですが、連立協議とその破綻をこの一年ですでに4、5回は繰り返しています。また、すでにイスラエルと欧米からは、「連立をしたところで、ハマスがオスロの枠組みを全面的に認めなければ、パレスチナ自治政府ボイコットをやめることはない」という意向が示されています。オスロ批判こそがパレスチナの人びとの「民意」であったはずなのですが、つまりこれは、世界がパレスチナ人の民主主義を踏みにじっているということでもあるのです。(早尾)

  4. 新刊紹介
    エミール・ハビービー『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』
    (山本薫訳、作品社、2006年)

    不条理の迷宮に翻弄されるこの小説世界の主人公の名前は、サイード・アブー=ナハス・ムタシャーイル。「サイード」は「幸運」、「ナハス」は「悲運」(「アブー」は父を意味し、アラブ世界では子どもが生まれるとその父親は「〜の父」と呼ばれる)。家名の「ムタシャーイル」が、悲観屋を意味する「ムタシャーイム」と楽観屋を意味する「ムタファーイル」を掛け合わせた造語で、書名の「悲楽観屋」をなしています。つまり、「幸運で不運な悲観的で楽観的」という矛盾だらけの名前が、イスラエル国家のなかのパレスチナ人として生きることを表現しています。そしてその名のとおりに次々と奇妙な騒動に巻き込まれていくのです。

    自らの「故郷」(パレスチナ)に生まれたはずなのに、その場所(イスラエル)はいわば「外国」であり「敵国」でさえある。故郷に生きているはずなのに、所在なき他者でしかなく、周囲から敵視さえされる。それに対して勇ましい抵抗運動をして確たるアイデンティティを獲得することもできず、さりとてユダヤ人に同化することもできない。これが作者や主人公らが置かれている日常です。作者ハビービーは、故郷のなかで故郷を喪失するという倒錯した世界を、巧みなブラックユーモアとして描き出しました。笑いを武器に、倒錯した世界をもう一回ひっくり返そうというのです。

    この本の帯には「パレスチナ文学の最高傑作!」と謳っていますが、作者のハビービーは、イスラエル国家ができる前のパレスチナのハイファに生まれ、イスラエル建国以降にもそこにとどまったパレスチナ人です。

    これまで「パレスチナ文学」と言えば、ガッサーン・カナファーニーの『太陽の男たち』や、マフムード・ダルウィーシュの詩に代表されることが多かったと思います。しかしこの二人とも亡命作家・詩人であり、パレスチナの「外」にいたからこそ世界的に有名になりえたという面があります。カナファーニーは1948年のイスラエル建国によって土地を追われ国外難民になりました(72年にベイルートで暗殺)。

    ダルウィーシュは70年にガリラヤを離れ出国しました。パレスチナの抵抗運動は国外難民によって始められ、「抵抗文学」もそのなかで海外に認知されていきました。そして87年からの占領地でのインティファーダ(民衆蜂起)を経て、93年のオスロ合意によって、「パレスチナ」の中心舞台はパレスチナ自治区(ヨルダン川西岸・ガザ地区)に移ります。ダルウィーシュについて言えば、オスロ合意後に自治区の中心ラマッラーに「帰還」(生地ではないが)したことで、いっそうパレスチナを「代表」する詩人とみなされるようになります。

    こうした過程で忘れ去られてしまったのが、「48年占領地」とも呼ばれる、イスラエル領に入れられてしまったパレスチナと、そこにイスラエル国籍者として暮らしつづけているパレスチナ人たちでした。ハビービーもそうしたパレスチナ人の一人でしたし(96年没)、この作品が舞台とするのも「48年占領地」です。ハビービーは、故郷で故郷を失った自分たちの倒錯した世界をブラックユーモアたっぷりに描きましたが、たんに笑い飛ばしただけではありません。イスラエル共産党の国会議員としての活動経験や広範な文学や歴史の知識を下敷きにハビービーによって展開される不条理の迷宮は、読者を翻弄するかに見えて、日々の現実こそが不条理だということを気づかせます。(早尾)

  5. ザータルのある毎日(レシピ)
  6. イベント情報

    イラン・パペ来日講演集会 パレスチナ/イスラエル──民衆の共存に向けた歴史の見直しを

    • 日時:2007年3月9日(金)18:30〜
    • 場所:文京シビックセンター(26F)スカイホール(東京都)
    • 講演:イラン・パペ(ハイファ大学〈イスラエル〉・歴史学教授)
    • 解説:臼杵 陽(日本女子大学文学部・歴史学教授)
    • 参加費:1,000円(資料代として)
    • 主催:ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉
     

    イラン・パペ氏はイスラエルの歴史家として、1948年の「ナクバ」(イスラエル建国によるパレスチナの破壊)の実証的な研究を行ない大きな論争を引き起こしました。ユダヤ人ながら反シオニストの立場を明確にするパペ氏は、市民活動家でもあり、パレスチナ人の間でも高く評価されています。

    「ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉」は、パレスチナをはじめとする中東地域の動きに注目し、さまざまな文化や歴史的背景を持ちながら平和的で対等な共存を求めるこの地の人々とつながっていくことを目指して結成した、有志個人の集まりです。

    『いま、パレスチナと私たちを繋ぐもの  ミーダーン結成集会…2006.9.2 報告集』400円
    栗田禎子さん、太田昌国さんの講演、質疑応答の記録のほか、上映したパレスチナの難民キャンプのビデオの内容など読みどころ満載です。お買い求めはパレスチナ・オリーブまたは「模索舎」まで。

    編集後記

    イスラエルがイランのウラン濃縮施設(原発用)への攻撃計画を作成、というニュースが流れました。「小型核搭載のバンカーバスターで地下施設を攻撃するので放射能汚染は最小限に抑えられる」 えっ??? 多くの中東諸国はもともとイスラエルが核兵器を廃棄した上での「中東の非核化」を求めていますが、イスラエルは2百発程度の核弾頭を保有していると言われています。

    核のエネルギー利用と軍事利用は一体です。イラクでアメリカ軍によって使用された劣化ウラン弾の原料は原発用のウラン濃縮過程で大量に出てきます。日本の原子炉保有数は世界第3位、非核兵器国の中では最多で、ウラン濃縮工場や再処理工場で核物質(高濃縮ウランとプルトニウム)も生産しています。

    2006年3月に試験稼働始めた青森県六ヶ所村の再処理工場は今秋にも本格稼働予定です。私は、昨年、核燃とともに暮らす人々を描いたドキュメンタリー映画『六ヶ所村ラプソディー』の上映にかかわりました。再処理工場は、原子力発電所が一年間に出す放射性物質を一日で海や空に放出します。核利用によって、ウラン採掘から原発や再処理工場の現場労働者、近隣住民が日常的に被爆します。「多数ために少数の犠牲は仕方ない」 これが、日本の、世界の差別の構造なのだと思います。

    参考:『知ることからはじめよう』(スロービジネスカンパニー発行)、鈴木真奈美『核大国化する日本』(平凡社新書)

投稿日:2007年02月20日(火)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=220