オリーブオイル石けん サラダ オリーブオイル工場オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

臨時号(2003年11月12日発行)
  1. クリスマス・お歳暮ギフトセット
  2. ガリラヤから、今年の収穫

    11月7日に「ガリラヤのシンディアナ」のスタッフのハダスさんとパレスチナ農家の人と一緒に、オリーブの出来具合を見るために畑を歩きました。今年は豊作ではありませんが、時間をかけて畑を歩いて、樹と実の様子を確認していました。

    オリーブは、2年周期で(量的に)豊作と不作を繰り返します。去年は豊作でしたから、今年はあまり穫れる年ではありません。これは天候不順とかが原因ではなく、一本一本の植えた年とも関係なく、地域全体で起きる現象です。だから、オリーブ生産者は二年計画で保存・出荷を考えなくてはなりません。

    もちろん不作の年も、一定程度は収穫できますから、大きな倉庫を持つことがまだできていない「ガリラヤのシンディアナ」は、できるだけ毎年の収穫からその年のオリーブオイルを入れています。

    パレスチナ・オリーブのオリーブオイルはデイル・ハンナ村のフセイン家の畑から来ていますが、「シンディアナ」はその他にも約50の農家からオリーブオイルを買い入れています。しかし、その契約農家のいくつかがあるヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)のカッフィーン村からは、今年は「分離壁」が完成してしまったために入荷できないのではないかと心配をしています。

    また、今回私も視察に同行をして翌週から収穫をする農家は、デイル・ハンナ近くのムガールという村です。ムガールでは、ムスリムとクリスチャンとドルーズ(イスラームの一宗派ともドルーズ教とも言われる)が共存しています。みんなイスラエル国籍のパレスチナ人ですが、政府がドルーズに兵役を科し、クリスチャンに軍への志願を認めているために、ある「差別」が生じます。兵役のの見返りとして政府が設備投資の許可や助成に差をつけるので、ムガールのような村では、ドルーズの人が所有する畑には灌漑設備があるのに、そことすぐに土地を接しているムスリムの人が所有している畑にはそこから水道のパイプを引くことが認められていない、などということも起こります。パレスチナの共同体を壊すイスラエルの工作の一つです。

    オリーブは雨水だけで栽培できるとはいえ、生育期には水やりをするかどうかで成育の早さには大きな差が出ます。シンディアナと協力をしているその農家では、灌漑設備を許可されていませんが、ポリタンクに水を汲んで幼木には水やりをしていました。土にも気を遣っています。今度の収穫が非常に楽しみです。また報告をしたいと思います。

    (いま収穫・圧搾するオリーブオイルは、少し寝かせてからボトル詰めとなります。日本に届くのは2004年4月頃です)


    *パレスチナ自治区*

    新聞でも報じられているとおり、ガザ地区のラファにひどい侵攻があったほかは、膠着状態という感じです。外出禁止令が続いているわけではないが、しかし突然いくつかの街や難民キャンプにはイスラエル軍が現れて襲撃をすることがある。軍が設置している街の出入り口のチェックポイントは一定程度通過できるけれども、いつでも封鎖ができる。生活を支配する占領の本質は変わっていません。

    ナーブルスの石けん工場は、夏に外出禁止令が続いた一時期以降は、工場の操業は比較的安定してできています。やはりいちばん大変なのは、西岸の外に(つまりガザ地区やあるいはガリラヤのシンディアナに)石けんを出荷することです。石けんのサンプルの受け渡しさえも(比較的通行の自由な)外国人である僕に頼まなければならないくらいです。

    (早尾貴紀、エルサレム在住)

投稿日:2003年11月12日(水)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=206